夢、うつつ。

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こうして夢で逢うのは、もう何度目か。 相変わらず言葉を交わすことは出来ないが、話し掛ければ、表情豊かに身振り手振りで応えてくれる。 それがなんだか嬉しくて、いつもより喋りすぎてしまう。 現実世界は仕事が忙しく、数少ない友人と遊ぶ暇もなければ、もちろん恋人もいない。 誰かにゆっくり話を聞いてもらうことなんて、何年していなかっただろう。 息が詰まりそうな日々の中で、彼と過ごすほんの僅かな時間だけが、いつしか俺にとって唯一の癒やしとなっていた。 「そういえば、まだ名乗ってなかったよな。今更だけど、俺の名前は陸也。」 まさか何度も逢うと思っていなかったせいもあるが、ふと自分が名前を言っていなかったことに気付いた。 今になって改めて自己紹介というのも少し恥ずかしいけれど、忘れていたのだから仕方がない。 伝えたからといって使われることはないが、それでも知っていてもらうくらいは良いだろう。 「なあ、君の名前は聞けないから、俺が付けても良い?」 ぱあっと顔を輝かせた彼が、勢いよくコクコクと頷く。 反応を見るに、元々名前はなかったのだろうか。 こんな提案をした理由は、これを機にもっと親しくなれるかもしれないと思ったから。 いつまでも君と呼び続けていたら、今以上は距離が縮められないような気がした。 要するに、ただの俺の我が儘なのだ。 それでも、せっかく名付けて良い許可が得られたのだから、彼によく似合う名前を付けてあげたい。 「そうだな···りつ、は···っふ、はは!字は、旋律の律が似合うよ···って、おい!?」 少し考え、ぱっと脳裏に浮かんだ名前を口にしてみる。 響きも悪くないし、美しい彼にピッタリなんじゃないだろうか。 どうかと訊ねようとした時には、既に親指を立てながらウィンクまでしていた。 その姿があまりにお茶目で、思わず吹き出してしまう。 気に入ってくれたみたいで良かったとホッとしつつ、どんな字で書くかを伝えれば、彼は嬉しそうに大きな目を細めて笑い、飛び掛かる勢いで抱き着いてきた。 「···っい、て···はぁ、もう···改めて宜しくな、律。」 上手く受け止められず、雪崩れるようにして床に転がった。 打った頭を擦りながら、上に座っている彼を見れば、申し訳なさそうに眉を下げてしょんぼりとしているから、怒る気も失せてしまう。 どうやら俺はこの顔に弱いようで、狡いなと思いながらも、そっと頬に触れて微笑んでみせた。
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