《1》

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 芳村弁護士は、四回目の公判で、実安にこう質問をした。 『現在、決定的な証拠がない状態でありながら、裁判が開かれています。これは憶測の域を出ませんが、あなたは検察に、何か、決定的な証拠を渡したのではありませんか?』  すでに打ち合わせ済みの不敵な笑みだった。受けた実安は、微笑を(たた)え、こう返した。 『僕は完全犯罪をしたのです。警察や検察に決定的な証拠を渡したつもりはありません。ですが、僕を殺人犯とするに足るいくつかの証拠は、この世界のどこかに必ず存在しています。おそらく、裁判が開かれているあいだに、それは見つからないでしょう。そこで質問をしたいのですが、検察の方々、裁判員の方々、並びに裁判官の方々、そして芳村さんは、その証拠が欲しいですか。僕はそれを渡すことを躊躇しません。とは言え、世論を見るに、完全犯罪の成立を望む声が少なからずあるようですね。僕は初めから言っているように、罪状について争うつもりはまったくありません。僕は少女たちを殺害しました。当然、死刑に処されるべき重罪です。だが、相応の罰を下すには、相応の証拠が必要でしょう。もう一度お聞きします。あなた方は、この世界のどこかにある証拠が欲しいですか』  裁判長が、それはどこにあるのか、と訊ねた。確実な証拠があるのなら出せ、という圧力にも似た強い言葉だった。実安は微笑を崩さず、答えた。 『気が向いたら話しましょう。それとも強引に、拷問でもして証拠を得ますか。僕はたとえ拷問を受けてもその気にはなりません。僕が望むことは二つです。あなた方が僕の希望を叶えてくれたなら、少しずつその気になるかも知れませんね』  そこで芳村弁護士は訊ねた。 『あなたの希望する二つとは、いったい何ですか?』  実安は、じっくり息を吸う程度の()をとって答えた。 『一つ、連続殺人に相応しく死刑になること。もう一つは、誰でも、完全犯罪はやればできるということを検察が今法廷で述べることです』  芳村弁護士は、傍聴席に向かい、皆さん聞きましたか、と言うように声を大きくした。 『被告の望みは至極簡明であります。ただ検察が、完全犯罪はできるのだと言えばいいのです。そうすれば被告から証拠が提出され、それを以って連続殺人が証明できれば、極刑が下されるでしょう。事実、私は完全犯罪ができると確信しております。日本の法律は、法律家の観点から見ても抜け穴が多い。先に被告が述べたように、犯罪者は捕まらなければ犯罪者にはなりません。法を熟知すれば、必ず抜け穴がある。そこを利用して利を得る人間は、実は違法ではなく、法に触れた部分でしか裁けないのです。事実、重大事件を起こしても逮捕すらされない者がいる。もしかしたら、我々のごく近しい者が、完全犯罪を成功させた者かも知れない。私は、だから、完全犯罪はやればできると思う次第です』
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