《Prologue》

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《Prologue》

 (きょう)(だい)の前で化粧をしながら、(まが)()(あつ)()は、情報番組の説明を聞くともなく聞いていた。  どうやら女子大生を狙った連続殺傷事件があったらしい。死者一名、重軽傷者が三名。その被疑者である男は一昨日(おととい)逮捕され、当初は取り調べにも素直に応じていたようだ。だが、彼の供述は、番組の情報だけでも、少々無理があると思わざるを得なかった。 『美人を狙ったわけじゃありません。狙われた女がたまたま美人だっただけです』  犯行は刃物を使ったものであり、四人の被害者は全員が()()()前の大学一年生だった。犯人が彼女たちの年齢と、通っている大学を知っていたことは明白で、すべてが左の乳房を刺したという共通点もある。警察は被疑者の男が明確な意図と計画を以って犯行に及んだと断定し、彼が訴える「たまたま」という言葉を退(しりぞ)けた。警察は、合コンにまつわる(えん)(こん)があったと踏んでいるようだ。しかし、(こう)(りゅう)中の被疑者は、昨日の取り調べから、「精神が錯乱していた」、「記憶が失われている」などと言い始め、罪を認めた当初から一転、罰から逃れようとしているらしかった。  情報番組の解説者は、「精神鑑定に持ち込むと、辻褄が合わない調書が有利になる」とか「家庭に問題があり、精神に疾患があっても不思議ではない」とか、誰の立場に立って意見を言っているのか分からない話を披露し続けた。  事件の被疑者は、自分がネグレクトの被害者だったと言っているそうだ。幼少時より寂しくて、女性に依存しやすい体質だった、言うことを聞いてくれない女性は、自分を傷つけた母親の影がちらつき、知らぬうちに沸点に到達して、後のことは覚えていない、と。  司会の男性が、さりげなく罪の重さに触れたが、解説者は何故か犯人の複雑な家庭事情に同情し、話を過去の事件に誘導した。 「(さね)(やす)事件においては、同情の余地が一切ありませんでした。現在(しゅう)(かん)中の実安(ひろ)()は、美しい女学生を狙い、まるでそれが正しいことのように言っていました。ですが、今回の事件においては、被疑者の家庭事情も考慮し、公正な裁判を経て、相応の罰を受けるべきだと考えます。すでに一人亡くなっているわけですから、無罪にさせてはいけません。だけどもですね、精神鑑定が必要であるならば、それを受けるのは被疑者の権利でもあります。怪我を負った三名は、快復に向かっていると聞いてますから、いたずらに事件を長引かせることは被害者のためになりません。何より被害者に寄り添うことが大事なのです」
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