《Prologue》

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 この解説者は、自分の言葉に酔っているようだが、話す内容に筋道が立っていないことを気づいているのだろうか。被疑者を擁護し、被害者に気遣って、あたかも自分が頭の良い人間であると言わんばかりに、もっともらしいことを言い続けている。過去の事件を持ち出してくるあたり、日本の犯罪に精通していることを自慢したいようだが、ここに出てきた実安事件は、この程度の殺傷事件と比較するのも可笑しいぐらい崇高なものだった。その主役であった実安弘希は、一切逃げない潔さがあった。保身に走る男とは違うのだ。  二〇✕八年──、後に実安事件と呼ばれる連続殺人事件が、日本を震撼させた。  それは、宮城県、山形県、千葉県、愛知県、香川県、長崎県の六県で、女子中学生が計六名殺された事件である。少女たちは、皆が揃って()()(うるわ)しく、学業も優秀で、分野は異なっていたが、それぞれのジャンルで将来を(しょく)(ぼう)された子らだった。殺害にあたり、誰かが性的に乱暴されたこともなかった。少女たちが異性と交際していた事実もなく、六人ともが処女であり、肉体目当ての犯行でなかったことは裁判で証明された。  実安弘希は、法廷で、犯行についてこう述べた。 『(しん)に美しい者は、美しいうちに散るべきだと思います。桜がそうでしょう。古来より、日本人は(はかな)いものを()でてきました。才能があることはすなわち、良くないものに汚染される可能性を秘めているということです。たとえその道の第一人者であっても、純粋さとは(なが)()ち続けられるものではありません。だから僕は、美しい者を美しいままに終わらせることが使命だと思いました。その結果、たとえ死刑の判決が下されても、喜んで身に受けます。僕は六人の女の子を、美しい者として生かしたのです。汚染されてからでは取り戻せない美しさを守ったのです。一切の迷いなく殺しました。彼女たちを守るためです。彼女たちの尊厳を守り、名前と美貌を人々の記憶に残したことが、僕の誇りなのです』  あまりにも身勝手だ、と世論は彼を叩いた。しかし、実安弘希の意見に納得した者も多かった。彼は二〇✕〇年に開かれた裁判当時二十八歳で、とても美しく、とても礼儀正しく、芸能人よりも優れた魅力を持つ男だった。一部の男性は、彼の主張に賛同した。一部の女性は、彼の容姿や選ぶ言葉、または立ち居振る舞いに熱狂した。アンダーグラウンドでファンクラブが作られ、獄中にいる彼には多くのファンレターが寄せられたと言う。
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