《Prologue》

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 マイナーな出版社が、彼の半生を描いた本を出版し、総発行部数は二十万部を超えた。内容は彼の生き様を称賛するものに近かった。殺害された少女たちの遺族が精神的苦痛を理由に差止めを要求し、その裁判は未だに続いているが、続報は時折漏れ聞こえてくる。  当然のようにマスコミは実安の過去を探った。が、かつての同級生の誰もが口を揃え、「彼は非常に優秀だった」としか言わない。恋愛関係も、友人関係も無いに等しく、実安が自ら半生を語ったにしては根拠が乏しかった。では、あの本は一体、誰が書いたのか。  著者である「(ほう)()()(みず)()」なる人物は実在せず、出版社は裁判でも契約を盾にして本名を明かさない。実安事件を語る人の多くは、「芳士戸水生」が実は実安本人ではないか、と願望を込めて推測しているが、獄中にいる当の本人が自ら語れない現状、人々の推測を証明することは難しかった。その上、彼は死刑囚である。面会も殆ど拒否され、記者が接触を試みても直接会うことができない。彼の親族はすでに()(せき)()り、通学していた小中学校は廃校、高校は火事で全焼、大学や社会人になってからの記録は見つからないままだ。  報道されていること以上に、謎の多い人物だった。その謎と、彼自身の美貌や発言により、極めてミステリアスな偶像となって、一部で神格化されてしまったのは必然とも言えた。また、犯行に及んだ経緯や、少しも臆さず堂々と語った態度も、まさしく英雄が持つカリスマ性があった。六人もの少女を殺めた連続殺人犯でありながら、ある意味では羨望を受け、影響された者も少なくない。事件後、殺された少女たちを悪く言う者が現れたのは、「芳士戸水生」が書いた本の中の一節に、以下のような文章が書かれていたからだ。
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