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「帰るぞ」
放課後。
何事もなかったかのように。竜一が、帰り支度をする僕に声を掛ける。
ざわざわ……ざわざわ……
まだ教室内は騒がしく、帰ろうとする生徒は殆ど見当たらない。
教壇から前方のドア付近に集まる男子達。その中には夏生もいて。今日の戦利品であるチョコを見せ合いながら、盛り上がっていた。
「……」
「おぃ、さくら!」
竜一の言葉を無視し、顔も合わせず鞄に荷物を詰め込んでいれば、机の端に片手をついた竜一が僕の顔を覗き込む。
「………僕に気にせず、先帰ったら?」
視線を逸らしたまま、唇を尖らせながらそう呟く。
もし、いま目を合わせてしまったら。ずっと堪えていた感情が、堰を切ったように溢れてしまいそうで……
「何言ってんだ、お前……」
「……」
「おぃ、こっち見ろ!」
もう一方の手が伸び、僕の肩を掴んで強く押す。反動で、向けさせられる身体。
竜一の尖った声が、少し恐くて。頑なに伏せたままの瞳を、ゆっくり持ち上げれば──
「──!!」
鋭く吊り上がった双眼。
深く刻まれる、眉間の皺。
怒りに満ち満ちているのに──僕を真っ直ぐ見下ろす竜一は、恐ろしい程に冷酷で。
「……」
一瞬で、息が止まる。
恐くて……目が、逸らせない。
こんな風に、竜一に睨みつけられた事なんて……今まで一度も無くて……
「………、だって」
やっとの思いで、唇を小さく動かす。
「だって竜一、………桐谷さんと……付き合う、んでしょ……?」
残酷に響く、言葉。
それが僕の口から飛び出してしまえば、もう……後戻りなんてできない。
滲んでいく視界。
刻々と近付く竜一との別れに、堪えられそうになくて。
再び目を伏せ、キュッと唇を引き結ぶ。
「……お前……」
吐息混じりの、それまでとは少し異なる声のトーン。
僕の肩を掴む手が、少しだけ緩む。
「……」
その声に、引き寄せられるようにして瞼を持ち上げれば……溢れた熱い涙が、濡れた下睫毛の先から零れ、頬骨の上に落ちてツッと伝う。
「まさか、お前──」
見開かれた竜一の眼が、小刻みに揺れる。
それは、戸惑いだけじゃなくて。記憶を辿り、竜一の中にあるひとつの答えを導き出していて……
「妬いてん、のか……?」
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