クリスマスの魔法

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 町中のイルミネーションが輝き、音楽が鳴り響き、人々が浮足立ちながら、雪が積もる道を歩くクリスマス・イブ。ある人は、家族と共に家でごちそうを口にし、ある人は、心に決めた相手と聖夜を共にする。  幸福が溢れる一日。まさに、そう表現しても過言がない慣習であろう。  フレディーは、そんなクリスマスというものが心底嫌いだった。そもそも、クリスマスで恩恵を受ける者などほんの一部だけだ。フレディーのような、親しい相手もいない、家族とも離れ離れな独り身にとっては、何を祝う気にもなれない、ただ人々の楽しげな姿を見せつけられるだけの一日なのである。    現に今も彼は、クリスマスソングが歪に響き渡る社内で、延々とパソコンと向き合っている。    社内では、クリスマスということでお菓子が配られた。フレディーはそんなしきたりも嫌いだった。無論そんなものは受け取らず、精々受け取ったと言えば、事務の女性が注いできた紅茶だけだ。  無言でそれを受け取り、笑顔一つも見せずデスクに戻る彼を、社内の者は誰一人快く思わない。そんなことは、フレディーにも分かりきっていることだった。けれど、人に親切にされるくらいなら、されない方がマシということで、それほど彼は、人と関わることが心底嫌いだった。誰一人にも優しくせず、日々を生きてきた人生で、そのことは彼も身に染みるくらい、自覚している事実だった。  皮肉なことに、そんな彼でも、意中の女性がいる。 「さて、私はもう帰るとするよ」  デスクに座っていた課長が、午後16時を回ったあたりで、おもむろに立ち上がる。 「皆も、今日は残業しなくていいから、早く家に帰って美味しいものを食べなさい。今日はせっかくのクリスマス・イブだからね」  その言葉に、他の者たちも、少し頬をほころばせながら、パソコンのシャットダウンボタンを押す。それは、3つ先のテーブルで、こちらを向いている彼女も同じだった。  メイべル・エバンス。フレディーは、彼女のことが好きだ。  彼女は誰が見ても、分け隔てなく人と接することの出来る、心清らかな女性だ。初対面の相手でも、良い所を即座に見つけ褒めることができ、他人からの好意も、何の邪気もなく素直に受け取ることが出来る、それこそ、フレディーとは真逆の人間だった。そんなメイべルは、フレディーの偏屈な心でさえも溶かしてしまった。特に何か接点があるわけではない。それでも暇があると、フレディーは彼女を目で追ってしまう。  彼女は家で、家族と過ごす時間が好きだと言っていた。今日も、家に帰ったら、家族と大切なひと時を過ごすのだろうか。彼女と過ごせるならば、自分も少しは、クリスマスというものを好きになれるのだろうか。
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