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case2
ショッピングモールの中にある洋菓子店は長蛇の列が途切れないというのに、その向かいの店は閑古鳥。
クリスマスだというのにケーキ屋が開店休業状態だなんて、経営が危ぶまれる。
ふと気が向いて、仕事帰りにケーキでも買って帰ろうとした男は、何せものぐさな男だった。
事前に準備をすることなんてまっぴらで、ふらりと立ち寄って手に入るケーキがあればそれで充分だった。
閑古鳥のケーキ屋に早速目をつける。あそこならさっさと買って帰れそうだ。
ショーケースに近づくと、ものすごい勢いで店員がやってきた。
「いらっしゃいませ! こちらのケーキ、すぐにお持ち帰りいただけますよ!!」
ショーケースから乗り出してこっちに落ちてきそうな勢いでそう言う店員は、暇だろうに憔悴しきった顔をしている。
「ここはなんでこんなすいてるの?」
答えにくい質問を投げかけた、と自分でも思う。店員は目に涙を浮かべているように見える。
「……少し前にアルバイトスタッフ商品に悪戯している動画をネットに上げて、それが炎上して……それで、予約もいっぱいキャンセルになってしまって」
「そりゃそうだな」
「で、でも、美味しいんですよ?本当に、特にこのブッシュドノエルはクリームが濃厚なのにあっさりで……」
店員は言いながら、今にも泣き出しそうになってきた。
「どうした?」
「……すみません、こんなに悲しいクリスマス、初めてで、っ」
ついには顔をくしゃくしゃにしてしまった。
「本当に、ここのケーキは美味しくて、僕、こんなケーキを作りたくて、パティシエに……」
一人アルバイトスタッフの愚行により、店の信用をなくしてしまったというのは、確かに同情に値する。しかもこんな時期にな……と男が店員を見ていると、あることに気づく。
この子、綺麗だな。
僕、と言っていたように、男性なのであろうが、涙ぐみながら伏し目がちに震える睫毛や白い肌は、可憐さを兼ね備えていた。
「それ、くれる? そのブッシュなんたらっての」
「は、はい!ブッシュドノエルですね!ありがとうございます!」
「それと」
「はい、他にもおすすめたくさんありますよ!」
「君も」
「……?」
「閉店まで待ってるから」
「えっ……」
「ケーキと君をお持ち帰りして、一緒に食べたいんだけど」
わかりやすくそう言うと、店員の顔が見る見る真っ赤に染まった。なんだか卑怯だしセクハラめいているな、と男は思ったが、もう二度と会うこともない相手だし、軽いナンパ気分で言ってみたわけである。
「……あと三十分ぐらい待っていただいても構いませんか?」
「ああ」
「わかりました」
「じゃあそっちの生チョコケーキとミルクレープのクリスマスケーキも」
「そんなにたくさん大丈夫ですか?」
「食べ比べしたくってさ。君がそれだけ言うここのケーキが、どれほどの味か」
味見をしたいのはケーキだけじゃないけどな、心の中でそう付け加えた男は、調理師学校で教鞭を執るパティシエであった。
【end】
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