case1

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 家族からクリスマスケーキの引き取りを頼まれた男が一人。ショッピングモールは多くの人で賑わっている。冬休みが始まった子ども、とその親、あるいは友だちどうしで意味もなくつるんでいる中高生。初老の夫婦。そんな中で、  少しばかり浮いている男。  この時期、人は多く皆忙しそうに殺伐としているというのに、なんとなく心が弾むのはなぜだろう。  渡された予約票に書かれた名前の店に近づいて男は驚いた。超長蛇の列である。それはもう、見ただけでうんざりするような。  そもそもどうして家族のうち他の誰でもなくこの男に振られたのか、なんとなくわかった気がした。面倒くさがりで短気な家族の中、この男だけがのんびりとおおらかな性格だったからだ。  そのことがわかってたからといって、さして嫌な気分になることもなく、おとなしく列の最後尾に並んだ。とはいえ、列の進みが悪すぎることに、さすがの男も少しばかり苛立ってくる。前々皮小雑はわかっていたはずなのだから、他の店のようにこの日は予約のケーキを渡すのみにすればいいのに、とか、あらかじめ人を多めに入れておけばいいのに、とか、そんなことを考えていた。  ようやく男の番になった。見るともなく見ていた店員の顔を見て、男は驚いた。  こんなに忙しく、同じことの繰り返しで、中には遅いと文句を言う客もいるというのに、その店員は目映い笑顔を崩さない。男性だというだけで、女性よりも愛想の良さとしては不利になりがちだが、この店員は周りの女性スタッフよりひときわ良い笑顔、ひときわ澄んだ良く通る声で接客を続けている。 「大変お待たせして申し訳ありません!」  額に汗を滲ませ、そう声をかけてくるときも、笑顔のまま。  一個のケーキを受け取れば終わりの客と違って、この店員は何時間もこの作業を繰り返しているのだ。心から尊敬してしまう。 「大変ですね」  思わず労いの気持ちが声に出てしまっていた。 「ありがとうございます。皆様のクリスマスの楽しい時間を奪ってしまって大変心苦しく思っております。本当に申し訳ありません」  そう謝る間も、申し訳なさそうな笑顔。店内の照明も手伝って、本当に光り輝いているように錯覚する。 「……また、明日も来ますね」  紙袋に入れられたケーキを手に、呆けたように言うと 「はい、是非!お待ちしてます!」  今までで一番の笑顔をプレゼントされた。 【end】
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