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追記:いつか、君の告白を
『──ってことで、俺と三日月さんは付き合い始めたわけだ』
或る小さなアパートの、隅にある部屋。狭い自室の中で、彼は職場の後輩である鈴木春菜と真向かいに座り、開けたばかりのビール片手にのんびりと話していた。
話の内容も終盤に到達し、映画で言うならばそろそろエンディングの曲が流れ始めてもおかしくない頃合いだ。
しかし鈴木は彼の言葉を遮り、疑わしげに眉をひそめた。
「ですが、蔵林先輩は結婚されていないでしょう?見たところ指輪はつけてないですし、そもそも恋人はいないんですよね?」
「ああ、そうだな」
しかし意外にも、彼は──蔵林陸也は、あっさりと答えた。ひらひらとふった左の薬指には、先程も鈴木が指摘したとおり、指輪はない。
「数年経って、三日月さんとは別れた。自然消滅ってやつだ。今は同じ学校出身の同僚として、健全な友好関係を築いてる」
蔵林の言葉に、鈴木がより一層困惑を深めたのが感じられた。眉間にしわを寄せる彼女に、語りかけるようにして彼は言った。
「今のを聞いて分かっただろ?どんな愛の形も、時が流れれば変容していく。それを知ってるからこそ、鈴木さんが告白してくれたからといって、すぐ付き合うのもどうかと思ってね」
「・・・・・・先輩」
鈴木はのらりくらりと話し続ける彼に苛ついたのか、低い声で呼びかけた。
「私は、先輩に好きだと告白しました。そうしたら先輩が、逆に告白したいことがあると返事をしたので、今ここにいるんです。元カノとの馴れ初めなど──」
「ああ、そうなんだけどな」
怒りにまかせてまくし立てる鈴木をやんわりと押し止めると、蔵林は口を開いた。
「三日月さんとの交際経験を経て、俺も学んだんだ。こういうのって、お互いのことをよく知っておくことが大切なんだなってさ。ほら、長続きしなかったら嫌だろ?」
手にしたビール缶を一口呷り、さらに続けた。
それは、かつてと同じ言葉で。
窓の向こうに広がる夕景も、偶然かはたまた必然か、当時と──数年前のあの日と何一つ変わりがない。
「だから、教えてほしいんだ。俺の知らない君に関することを」
──「『君に、告白してほしいんだ』」
(完)
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