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リビングの飾り棚の上にキーケースを置いたマイケルがさっさとバスルームへと向かうのを横目で見遣り、クリストファーはキッチンカウンターへと足を向けた。冷蔵庫を開けて冷えた烏龍茶をグラスに注ぐ。マイケルには、アイスティーだ。氷はどちらのグラスにも入っていない。
クリストファーがグラスを手にリビングへと戻れば、ちょうどマイケルがソファに腰を下ろすところだった。
「アイスティーでよかったか?」
「ああ、ありがとう」
座り心地の良いソファに並んで腰かけ、マイケルはテレビを点けた。すぐさま流れてくる賑やかな音楽が低く部屋を満たす。
テレビを見るためではない。静かすぎる空間がマイケルは苦手なのだ。一度、音楽では駄目なのかと問いかけたクリストファーに、マイケルは人の気配が恋しいと言った。
十七の年にたった一人の肉親を失ったマイケルが、トラウマを抱えていても不思議はなかった。ただ、その肉親を奪ったのは他でもない自分であると思えばクリストファーには遣る瀬がない。クリストファーが事実を知ったのが、たとえマイケルを愛した後だったとしても、事実が消えるわけもなかった。
「今日は、連れて行ってくれてありがとうクリス」
「はん? 礼を言われるような事じゃない。家族が集まるのにお前を連れて行かなかったら俺がおふくろにドヤされる」
「そうか……」
どこか照れたように呟くマイケルのこげ茶の髪を、クリストファーはゆるりと撫でた。
「ミシェルこそ気を遣ったんじゃないのか」
「アドルフには、まだ少し罪悪感を感じてしまうな」
「おふくろに聞かれたら、馬鹿なことを言うなとどつかれるぞお前」
「レティがそんな事をするはずがないだろう。お前と一緒にするな」
些か顰められたマイケルの顔に、クリストファーは吹き出した。どういう訳か、マイケルとレティシアは仲が良い。
大型のメンテナンスでもない限り纏まった休みの取れないマイケルではあるが、長期休暇となれば必ずレティシアに会いに行く。どうやらそれは、クリストファーと付き合う前からの事らしい。
マイケルについて、クリストファーが付き合い始めてから知ることは意外と多かった。
前回の休暇は二人でスイスに行ってきたというのだから驚きだ。
「そのうち親父に嫉妬されるんじゃないのか?」
「まさか」
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