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「この写真は昭和の初期か……戦前のものですね。腕時計が発売されるまではチェーンを誂えて首から下げるのが主流だった。今でも特別な贈り物として懐中時計が選ばれることもあるし。アンティークは高額で取引される」
説明して写真をダシにぴったり張り付いた結衣を押し退ける。
「このお店にある時計に裏蓋に文字が彫刻されたものはありませんか?」
「――探しているのは、どなたかの思い出の品ですか?」
「はい」
伊織の声に女性は迷うことなくはっきりとした声で答えた。
軽く眉根を寄せて首を振って写真を返す。
「残念ですが心当たりがありません。他所を当たってください」
その声は穏やかだが取り付く島もない。
「そう言わずに確認してみてください、もしかしたら……!」
「その必要はありません。この店の商品はすべて記憶しています。文字盤を凝ったものや繊細な彫刻に彩られた細工もの、裏ぶたにひっかき傷がある商品はありますが文字を刻んだ懐中時計はありません」
立て板に水で言われて女性は力なく肩を落とした。
無いと言われても諦めきれないのか祈るように手のひらを組み合わせ、迷うように視線を泳がせる。
しばらく黙った後に意を決したように唇を引き締めて顔をあげた。
「だったら同じメーカの時計を売ってください」
「構いませんが……あなたは本当にそれが欲しいのですか?」
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