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静かに問われて、女性の顔が赤く染まる。
「どういう意味でしょうか? 私には売れないと言うことですか」
「そういうことではありません。そんなに必死になるのには事情があるのではないかと思ったんです。よければ話していただけませんか?」
最後の語り掛けるような声に、女性はようやくこわばりを解いた。
「探しているのは祖母が若い頃にお付き合いしていた男性から贈られた大切な時計なんです」
促されて小上がりに腰をかけると静かに語り出した。
――今から六十年以上も昔の話だと前置きして、女性の祖母がお付き合いをしていた男性と別れたということから始まった。
将来を誓い合った二人の恋は意図したものではなく、暗く不安定な時代のせいで終わりを告げたのだと。
「……争いごとで多くの方が亡くなった時代ですね」
「あんなことがなければその方と結婚して今でも幸せに暮らしていたかもしれません。彼も――形見のつもりだったのかもしれません」
時は流れて、全てを忘れていたところに事件が起こった。
「先日、一通の手紙が祖母の元に届いたんです」
封筒に書かれた懐かしい名前に少女のように喜んだという。
それは喜ばしいはずの知らせのだったのに、手紙を読み終えるとその笑顔は見る間に曇った。
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