32人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は未練たらしい性格なので、仕事帰りに入った立ち飲み屋で、店主に中学時代の野乃との交際のチャンスを逃した愚痴を洩らす、という行為を繰り返し行っていた。
すると、昨日の事だ。
僕のその話に興味を持った、隣の泥酔一歩手前のオッサンが「おぅ! おぅ!」と目を輝かせて僕の話を聞いてくれた。
結果、僕とオッサンは肩を組んで「未来予想図 Ⅱ」を歌うくらい意気投合したのだが、会計時になると僕とオッサンのその関係に亀裂が走った。
驚く事にオッサンは金を一銭も持ってきておらず、焼酎のボトルまで開けた自分の飲み代を図々しくも僕に請求してきたのだ。
下らない愚痴を聞いてもらったという手前、僕は渋々オッサンの飲み代を払うと、オッサンは「この埋め合わせは絶対にするからな!」と調子良く言い、僕の前から去っていった。
僕がピエロの金平糖の夢を見たのは、その日の夜だ。
もし、夢の通り枕元に金平糖が置かれていれば、オッサンの埋め合わせと言えるかもだが、現実はさすがにそこまで都合良くはなく、金平糖は枕元には無かった。
「君は多分、その彼女さんの事を本気で愛して無かったんじゃないかな」
僕の失恋話を聞き終えた後、野乃が実に的確なアドバイスをしてきた。
僕は「そうだと思う」と、首肯するしかなかった。
何故なら、僕が本当に好きな人は、目の前にいる野乃であったからだ。
しかし、人妻である野乃にそれを告げる事は出来ず、僕は29歳の今に至るまで、自分にとって60%の恋や70%の恋をし、そしてその度に失恋をし、野乃に愚痴を聞いてもらっていた。
「出ようか」
左手首に巻かれた腕時計で時刻を確認した野乃は立ち上がり、僕も続けて立ち上がる。
会計を済ませ、野乃が「ごちそうさま」と頭を下げると、何かに気付いた野乃は「サトシ」という言葉と共に、レジ周りに置かれた小瓶を指差した。
「金平糖」
野乃の言葉に従い、彼女の指差した方向を見てみると、そこには確かに個包装された金平糖が入った小瓶が置かれていた。
最初のコメントを投稿しよう!