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エピローグ
★
閉館の時間を前に、レイラはそわそわとしていた。常連の老人に歩み寄る。
「あのう、もうすぐ閉館の時間になりますが」
「なんじゃ小娘、わしを誰だと思ってるんじゃ?」
「存じ上げております、マモン大魔術師様でございますよね」
「さようじゃ。――で?」
今までは怖気づいてしまっていたけれど、もう、こんな老いぼれに時間を奪われるわけにはいかない。
「まさかマモン様ともあろうお方が、閉館の時刻を守れないはずはございませんよね。魔術の詠唱だって制限時間はあるのですから」
レイラはソファの後ろに回り込み、留め金を外した。背もたれがばたりと倒れ、マモンは仰向けに反り返った。
「な、何するんじゃあ!」
「ですから、お帰りの案内をしているんです」
今日は夜光虫灯を通路際に並べておいた。有無を言わさず光を落とすと、幻想的な青白い光が帰り道を案内する。
「まったく、生意気な小娘め。後でどうなるか覚えておけよ」
「まぁ、覚えてくださるなんて光栄です。またのお越しをお待ちしておりますね!」
レイラは軽やかに嫌味を受け流し、老人の後ろ姿を見送る。
机上の片付けをすませたところで、ペンダントからギムレットを取り出して詠唱を始める。最近、新しく会得した魔術だ。
紅の霧がレイラを覆うと、身を包んでいた制服が色と形を変える。
深紅のジャケットと漆黒のショートパンツ。お気に入りのフィッシングスタイルだ。
荷物を持って裏手から夜に踏み込むと、光を灯した飛翔スクーターが待っていた。運転手はケルン。
「ごめん、お待たせ。例のおじいさんがしつこくてさ」
「急がないと飛行船が出ちまうぞ。乗れよ、飛ばすからな」
後部座席にまたがって両腕をケルンの腰に回す。ぎゅっと身を寄せて体を固定した。
「それじゃあいくぞ、落ちるなよぉ」
「あったりまえだー!」
レイラは夜風を頬に受けながら思う。
――大切なものを、大切に思い続けるって、きっと簡単なことじゃない。でも、一度大切に思えたら、絶対に逃したくない。
――だから夢も、恋も、未来も、ぜーんぶ釣り上げてやるんだ!
ふたりが通り過ぎた夜空には、こぼれ落ちそうなほどにまばゆい、光の轍が描かれていた。
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