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苛立ちは尖った矛先となり、ケルンに振り下ろされる。ケルンの表情が落胆の色に塗りつぶされていく。
「おい、レイラ、お前どうしちゃったんだよ」
「どうかしてるのはケルンのほうでしょ! もう、相手にしてられないわ!」
感情に身を任せ、ケルンの作りかけのルアーを取り上げて床に叩きつける。ルアーがぱきりと軽い音を立てて割れた。
やってしまったと思うと同時にケルンの顔を見るのが怖くなり、声を荒らげて拒絶した。
「出て行ってよ、この白昼夢男が!」
結局、ケルンとはそれっきりになってしまった。以来、空釣りとも疎遠になっていた。
過去を回想し、釣り道具を荷物の奥から引き出す。ボックスを開くと、魚の姿を模したルアーが並んでいた。
その中でひとつ、見覚えのないルアーが目に留まる。
手に取って光にかざすと、うっすらとセピア色の光沢を放っていた。ケルンが得意とする、透明感を出す塗装法だ。
それはかつてのなつかしい日々を思い出させるような色だった。
彼が私のボックスに入れたまま忘れてしまったのだろうと、レイラは思った。
ふと、そのルアーの腹に小さな文字が刻まれているのに気づいた。目を凝らしてみると、そこには記憶にあるひとことが記されていた。
「ずっと変わらないふたりでいようね」
レイラは覚えていた。その言葉を口にしたのは自分だったということ。そしてケルンはふたりの約束として、それを手製のルアーに刻んだのだ。
――ああ、そう言っておきながら、将来の不安に追い立てられて、ふたりの未来を手放したのは自分自身だった。変わってしまったのは私の方だった。私は彼を裏切ったんだ。
「ごめん……なさいっ……!!」
レイラはケルンの忘れ形見を抱きしめて、ただひたすら嗚咽をあげた。
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