スフィ島へ

1/1
前へ
/11ページ
次へ

スフィ島へ

★ 『休暇を申請させていただきます』 レイラは決意を固めて館長に申し出た。最初は渋られたが、大切な用事だと主張し、かろうじて聞き入れてもらえた。 涙が決壊した日以来、レイラは眠れぬ夜を過ごしていた。 ケルンはまだ空釣りを続けているんだろうか。あの時、一緒に出場しようとした大会は今でも催されているのだろうか。 もしそこに参加したら、多忙な日々の中に置き忘れていった自分の心を取り戻せるのではないか、と。 情報を集めてみると、その大会は稲刈りの始まる日に催されていると知った。 思い立ったら気持ちが止まらなかった。あの頃の、風に心を委ねる時間をもう一度味わってみたい、と。 向かったのは大会が開催されるスフィ島。飾りっけのない草原が広がる島で、港町は傾斜のない西端にある。港町にはコテージが建てられており、崖際には小型飛行艇がずらりと並べられていた。 手が届きそうなほど、すぐ頭上を大きな雲が流れていく。大物の空魚が隠れていると思うと心が奮い立つ。 借りたコテージで一晩を過ごす。外を見るとキャンプをしている人が大勢いた。私も昔はそのひとりだったなぁ、と思い出す。深淵に散りばめられた光の屑を見上げて過ごす夜。隣にはケルンがいた。 ふと、とあるテントが目に入った。見覚えのある、赤と黒のストライプのテント。中にはほんのりと明かりが灯っていた。もしかしたらと思い目を凝らす。レイラははっとなった。 映し出されたシルエットは、レイラの記憶に刻まれたケルンの姿と重なった。とたん、胸の奥が音色を放つ。ぽろんぽろんと、忘れていた感覚が心の奥から溢れだす。 どこかに置き去りにした、あの頃感じた心の音色そのものだ。 「ケルン、やっぱり私……」 その人影は、こみ上げる懐かしさのせいで、少しだけ揺らいで見えた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加