幻のアポ

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「お申し込みありがとうございます。キャンペーンの商品券は2週間程でお手元に到着しますので、少々お待ちください。失礼します。」 電話が終わって私は小さくガッツポーズをする。 数年前、私は通信サービス関係のコールセンターにいた。某県の顧客とやり取りをしていた。不在が多かったが、何となく見込みがありそうな気がして、何回か架電したところようやく連絡が繋がったのだ。申し込めば商品券をプレゼントするというキャンペーンに興味を持ってくれたおかげで、休憩に入る前にアポイントメントが取れた。現在14:45で、14:50から休憩に入る。この顧客情報を取り込んで気分良く休憩に入るつもりであった。 私は小躍りしたい気分に駆られながら顧客情報を入力していく。最後に「アポ確定」というタブをクリックしようとした、正にその瞬間である。 グラグラっという激しい揺れを感じた。地震だ。ただ、いつもの地震と様子が違う。段々と激しくなる揺れに私は机の下に身を隠す。横揺れがものすごい。床が抜けるのではないか。辺りから悲鳴が聞こえる。私が死を覚悟した瞬間、或いは家族との死に別れを覚悟した瞬間であった。 2011年3月11日、東日本大震災は何の前触れもなく、突如として起こった。私がいる新宿のとあるビルの7階の窓からは、都庁の上層部が激しく横揺れしているのが見える。街並みの変化を目の当たりにするのが恐ろしく、窓の外をまともに見られなかった。視線を落とし街並みの変わりようを確認することが怖かった。 「皆さん、荷物は持たずに外に出ましょう。」 揺れが落ち着いてから課長が言い、皆一様に職場のビルの正面に向かった。緊張感のある一行である。ある者がスマホを取り出す。 「わあ、仙台が・・・」 そんな叫び声に駆け寄ると、スマホに映し出された都市は火の車になっていた。とても現在の日本の光景とは思えなかった。過去にB29の米軍戦闘機によりもたらされた東京大空襲がこのような状況だったのかもしれない。いや、関東大震災かもしれぬ。と同時に、その映像に比べればはるかに平和なこの街の光景が異様に映る。 この後職場に荷物を取りに戻り解散となった。そしてこれがその職場に入る最後となった。 翌週明けに会社に出社した際、ビルの下で待機していた課長に止められる。 「当分営業出来なくなったので、自宅待機でお願いします。」 と言われ、帰宅を余儀なくされた。営業再開したら連絡する旨告げられたが、連絡がくることはなかった。 アポ確定ボタンをクリックする、という忘れ物を取りに行くことは結局果たされなかった。あの顧客との会話を今でもたまに思い出すのである。
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