第2話 麻雀サークル

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第2話 麻雀サークル

     1  午後のキャンパスは、サークルの新入生勧誘で(にぎ)わっていた。  桜の木にもう花はほとんどなく、緑の葉が目立っている。たまに風が吹くと、地面に落ちた花弁が舞い上がった。  その日の講義を終えたヨシオは、各サークルをなんとなく見て回った。大学には、驚くほどたくさんの部活や同好会があるものだ。ゲーム以外に趣味は特になく、中学は読書部、高校では帰宅部だった。  いま一番興味があるのは、麻雀だ。  きっと麻雀のサークルもあるだろう、と思い歩いていると、『麻雀研究会』と書かれた看板が目に入った。勧誘スペース前で、ヨシオは足を止めた。 「やあ君、新入生だね。麻雀に興味あるのかな?」  パイプ椅子に座っている、メガネをかけた丸顔の男が声をかけてきた。『スパロー』に通うようになり、以前ほど人とのコミュニケーションは苦手ではなくなってきたが、いきなり声をかけられると、少し戸惑ってしまう。 「え、ええ、まあ……」 「ま、とりあえず座ってよ」 (うーん、とりあえず話だけでも聞いてみようかな……)  まわりの男たちにも(うなが)され、ヨシオは断るわけにいかず、丸顔の男とテーブルを挟んでむかい合うかたちで腰かけた。 「僕は経済学部3年の石塚。麻田大学麻雀研究会の部長を務めています」  石塚と名乗った男は、顔だけでなく体も丸みがあり、言ってしまえば小太りだった。 「み、水嶋です。あの、会長じゃなくて、部長なんですね」 「そうなんだよ。サークルは、一部と二部に分かれてる。部室があるのは一部だけだ。今年から当サークルは一部に、扱いとしては同好会から部活に昇格となった。それでサークル名は麻雀研究会とそのままだけど、部長ということにしてるんだ」  鼻を(ふく)らませ、誇らしげに石塚が言った。 「は、はあ……」 「新撰組の近藤勇も、組長じゃなくて局長だろう?」  「な、なるほど……。あ、昇格したのはなぜですか。なにか実績があったとか?」 「水嶋君は、競技麻雀のプロ雀士、岡部ユウイチさんを知ってるかな?」 「あ、『雀々娘』10段でランキング1位、雀帝位の」 「その通り。岡部さんは、この麻雀研究会のOBなんだ。昨年、卒業と同時に競技プロとなり新人王を獲得、動画配信でも活躍している。その功績で、わが麻雀研究会は一部に昇格できたんだよ」  麻田大学出身とは知らなかったが、岡部ユウイチの動画は観たことがある。雀々娘の配信は、段位戦を打ちながら解説していて、その思考の深さに驚いた。ルックスも良くて、トークも面白い。男女問わず人気がある、新進気鋭のプロ雀士だ。 「いやあ、岡部さんのおかげで一部昇格、部室には賞金で全自動卓を買ってくれて、最高にかっこいい先輩だよ」 「全自動卓が置いてあるなんて、すごいですね。ふだんはどういった活動をしてるのですか?」 「部内でのリーグ戦や牌譜検討、あとは座学かな。岡部さんに続くプロ雀士を輩出するのが当面の目標だよ。あ、『じゃんむす』もやるよ。そういえば水嶋君もプレイするようだけど、段位は?」 「あ、初段……です。まだまだ下手で……」 「恥ずかしがらなくていいよ。入部すれば、僕やほかの部員たちと研鑽して、どんどん上達、段位も上がると思うよ。ちなみに、僕は7段だ」 「7段ですか、すごいですね」  麻雀研究会の活動に興味はあるが、大学の講義に出て、『スパロー』での麻雀、さらに倉庫内作業のバイトも決まり、サークル活動する時間まではなかなか作れそうもない。  ヨシオは、『スパロー』という雀荘に通っていること、アンナのことを差し障りがない程度に話した。部長の石塚だけでなく、ほかの部員たちもアンナに興味を示したが、それはハタチの女子、しかも巨乳だからであって、アンナの強さについては、半信半疑のようだ。 「我々は麻雀のゲーム性や、競技性を追及しているのであって、雀荘での賭け麻雀に興味はない……が、そんなにきょにゅ、いや凄腕の女子がいるのなら、見に行ってみようではないか」 (胸について話したのは、失敗だったかな……) 「あら、新入部員?」  いつの間にか、隣に女性が立っていた。セミロングの黒髪。肌は抜けるように白く、スレンダーな体を、春らしい淡い色のワンピースが包んでいる。清楚という言葉がぴったりの美人だ。やさしくも意志の強さを感じさせる瞳に見つめられ、ヨシオは一瞬どきりとした。 「わたしは3年生の小野寺カオリ。麻雀研究会の副部長よ」 「あ、水嶋ヨシオです。まだ入部を決めたわけではないのですが……」 「見学も歓迎よ。一緒に麻雀できたら嬉しいけどね」  カオリがほほえんだ。ふんわりと、花のような香りがする。 e45f24f9-fbc5-4ae1-9113-52a3307ed29f (きれいな人だなあ……。入部したら、この人と麻雀打てるのかあ……)  石塚が、カオリにこれまでの経緯(いきさつ)を話した。 「強い女の子かあ。会ってみたいけど、わたし今日はバイトだから、また今度ね」  石塚と少し話して、カオリは去っていった。まだほんのりと、花のような香りがする。部員たちは、しばし彼女の後ろ姿を目で追っていた。彼らがカオリに憧れているのは、一目瞭然だった。だが、この場の誰も、カオリとは釣り合わないような気がする。もちろん、自分も含めて。高嶺の花、というやつだ。 「あの、小野寺さんも、『じゃんむす』やるんですか?」  ふと気になって、石塚に()いてみた。 「ああ。8段だ。彼女が、部員で一番強い」 「す、すごい」 「ほんとうは小野寺さんを部長に推したんだけどね、バイトで忙しいって辞退したんだよ。名目だけでもってことで、副部長をやってもらってる。部長や会計ほど、やることはないからね。毎週木曜の部会に顔を出してくれるだけでも、感謝すべきかな。胸はもう少しあった方が好みだけど」  遠くを見るような目で、石塚が言った。部員の数名が、だがそれがいいと反論する。ヨシオは無言で、彼らのやり取りを見守った。 (小野寺さん本人には聞かせられない会話だなあ……)  その後しばらく勧誘スペースで話をしたり、雀々娘の友人戦をして過ごした。麻雀人気が高まっているのか、それとも岡部ユウイチの人気なのだろうか、入部希望者は多く、女子の姿もあった。  友人戦の結果は、3着1回、ラス2回。悔しいが、楽しかった。  夕方、ヨシオは自転車で新所沢にむかった。部長の石塚含む3人と、『スパロー』で待ち合わせの予定だ。   春風が心地よい。どこからか、花の香りが漂ってきた。  ヨシオの脳裏に、小野寺カオリの顔が浮かんだ。 (そういえば小野寺さん、なんのバイトしてるのかな。カフェとか、ショップ店員、居酒屋、美人だしガールズバー……はないか……。まさか雀荘だったりして)  気づいたら、アンナの自宅前を通り過ぎていた。事前にメッセージを送ったが、すでに『スパロー』にいるようだ。  ヨシオは、ペダルを踏む足に力をこめた。
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