第3話 マナ悪オヤジ

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     3  昼過ぎに起きると、アンナはスマホの出前アプリで、ハンバーガーのセットとサラダを注文した。  ゴールデンウィークが終わっても、会社も学校もないアンナの生活に、たいした変化はない。昨日の競馬は、本命にした馬が4着で、馬券は外れた。  冷蔵庫からコーラを出し、ひと口飲んだ。アメスピに火をつけ、煙を吐き出す。しばらくの間、天井へとのぼっていく紫煙を見つめていた。  ヨシオは今頃、大学で講義を受けているだろう。大学といえば、麻雀研究会部長の石塚が、連休中2回遊びに来た。以前より牌捌きもよくなり、リア麻に適応しつつある。  食事を済ませ、音楽を聴いて過ごし、15時前に部屋を出た。緑町の4丁目へむかう。いまは、そこが牧瀬の現場だ。  ちょうど休憩時間らしく、牧瀬は建物のかげで腰を下ろしていた。 「お疲れ、牧瀬さん。これ差し入れ」 「ありがとうな、アンナちゃん」  途中の自販機で買った缶コーヒーを渡すと、牧瀬は隙間だらけの歯を見せて笑った。  あの晩以来、牧瀬は態度を改め、仕事にも真面目に取り組むようになった。身なりもパリッとし、通行人への声かけも親切で丁寧だ。 「いまの牧瀬さんなら、雀荘へ行っても大丈夫そうだけどな」 「いやあ、麻雀はもういいって。俺は俺のできることを、できるだけ頑張るよ。俺の分も麻雀打ってくれ、って言ったらカッコつけすぎかな」 「そっか。お互い、自分の道で頑張ろうな。アタシは、麻雀だ」 「今日も、これから行くのかい?」 「ああ、こないだの『くらげ』だ。仕事終わったら、覗きに来てくれよ。アタシとの待ち合わせなら、なにも言われないさ」 「わかった。頑張って飲み代稼いでくれよ」 「ハハッ。牧瀬さんももう少し汗かいて、ビールがうまくなるようにしといてくれよな」  牧瀬と別れ、駅を越え『くらげ』へむかった。ドアを開ける。卓は立っていて、西田も来ていた。  星野と挨拶を交わし、1万円分のチップを交換した。タバコを()いながら、 スポーツ新聞の競馬欄を読む。今週日曜は、ヴィクトリアマイルだ。  半荘(はんちゃん)が終了した。メンバーの小川がトップで、アンナはそこへ座った。 「トップ席とは、ツイてるな。よろしく、西田さん」  アンナが言うと、対面の西田は引きつった笑みを浮かべた。  1戦目は南場まで西田のペースで進んだが、ラス前のアガリでアンナは満貫条件を作り、オーラスで逆転した。  そこからは、一方的な展開だった。アンナは4連勝し、西田は最初の2着以外は、3着かラスだ。  5戦目で、アンナはラス半をかけた。『くらげ』では、長くやっても5回までと決めている。  西田は、肩を上下させ呼吸をしていた。額には、玉となった汗がびっしりと浮いている。  東一局、起家(ちーちゃ)はアンナだ。ドラの西から切り出すと、西田がこちらをチラリと見た。  6巡目、店のドアが開いた。牧瀬だ。星野には事前に伝えてあるので、なにも言われない。 「ちょうどいま、ラス半をかけたとこだ。でもたぶん、そんなに待たせないと思うぜ」  アンナの言葉に反発するかのように、西田が牌を強打し、リーチをかけてきた。7巡目、アンナもテンパイし、追っかけリーチを打った。  西田の一発目は空振り、河には三筒が置かれた。 「ロン」  アンナは手牌を開け、裏ドラをめくった。表示牌は五索だ。0c4f6cd9-a6ff-459e-be3b-1e27e076fe12 「36000の、5枚」  メンタンピン一発三色イーペーコー赤々裏々、親の三倍満。一撃でトビとなった西田は、しばらくアンナの手牌を(うつ)ろな表情で見て、それから思い出したように点棒とチップを払った。 「じゃ、これで終わるよ。星さん、またね」 「ああ、またな」 「ア、アンナちゃん……」  チップの換金を待っていると、西田が声をかけてきた。 「強いな、参ったよ……それと、こないだは生意気なこと言ってごめん」 「あ~、気にしてねえよ。今日はツイてた。またね、西田さん」  アンナが言うと、西田は微笑んで何度か頷いた。  『くらげ』を出て、牧瀬と駅前にむかった。ヨシオからメッセージが来ていて、いま東口にいるのだという。  ヨシオと合流すると、牧瀬は興奮気味にさきほどの出来事を話した。 「こんなところで立ち話してないで、さっさと店行こうぜ。よし、今夜は焼肉にするか」 「よっしゃ~!」 「やった~!」 「ハハッ。二人ともテンション高すぎだぜ」  はしゃぐ二人を見ながら、勝っても負けても人を惹きつける麻雀を打ちたいものだ、とアンナは思った。      第3話 マナ悪オヤジ 完
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