第4話 麻雀ダービー

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     2  馬蹄(ばてい)の響きが近づくにつれ、場内の歓声も大きくなった。  先頭の馬が、直線コースへ入った。  白い帽子、2番手追走の1番が先頭に代わる。残り400メートル。坂を上がっていく。馬群が拡がり、8番が追いこんできた。残り200。1番をかわす。先頭は8番だが、1番も粘っている。歓声と馬蹄の音が混ざり合う。アンナも叫んでいた。外から栗毛の馬体が飛んできた。5番。強烈な末脚で、先頭に迫る。残り100。抜け出した。5番だ。  1着は1番人気の5番。2着が3番人気の8番で、8番人気ながら粘った1番が3着だ。 「よっしゃ! 馬連・ワイド・3連単総獲りだぜ」  アンナの買い目は1、5、8のボックス。ワイドは3通り的中だ。 「ああ~、1番は持ってねえよ~」  絞り出すような声で、早田が天を仰いだ。 「ダービーは、人気薄でも内枠の先行馬は買っておくべきですよ」  言ったのは矢野だ。矢野は3連複と3連単、福尾は単勝が的中したらしい。 「次だ。目黒記念で取り返してやる」  早田が、競馬新聞を見ながらマークシートを塗りはじめた。アンナも予想してみたが、次の目黒記念は難解だった。ヨシオも自信なさげで、結局馬券は買わないことにした。矢野も福尾も、(けん)のようだ。早田以外は、利益を出している。  ダービーの払い戻し額は、約50万円だった。アンナはそのうちの10万を、ヨシオへ渡した。 「こんなに貰っていいんですか。なんだか申し訳ないです」 「いいんだって。ヨシオの予想で買い目が絞れたし、二人で当てた馬券だと思えばいい」  ダービーの表彰式のあとに、目黒記念が行われた。レースは荒れて、上位人気の馬が総崩れとなった。配当も高額だが、早田の馬券はまたも外れた。アンナも、買っていれば外れていた。 「ああ~。2レースで20万やられちまったよ」 「まあまあ。『幻龍』に行きゃ、それ以上に勝てるんだし」 「本線で馬券を当てたアンナには、俺の気持ちはわからんだろうな……っていうか、俺以外みんな当たってんじゃねえか」 「いやあ、俺は1番人気をちょっと買っただけですし」  福尾は、ダービーでは単勝を2万円買っていた。配当は260円で、52000円の払い戻しだ。 「そうだ、いまから麻雀しようぜ。どうせこの時間に飲み屋行ったって、どこも混んでて入れねえよ。2時間くらい、いいだろ?」  早田の提案に、苦笑しつつも全員が同意した。そこはやはり、麻雀打ちだ。 「よっしゃ。麻雀ダービーだ!」 「ハヤさん。ダービーは3歳馬のレースですよ。ここにいるのは、年齢も性別もみんなバラバラだ」 「細けえことはいいんだよ、矢野。それに、ダービーを勝った牝馬もいるんだぜ」 「いいこと言うな、ハヤさん。だが、麻雀ダービーなら、1番人気はこのアタシだ」 「伏兵が勝つ、ということもありますよ」  福尾が言った。麻雀に関しては、みなそれぞれ自負がある。  西門から府中本町駅にむかい、改札横から街へ降りた。GⅠの日、特に日本ダービーとジャパンカップの日は飲み屋も大盛況で、なかなか店に入れないことが多い。  府中街道を北上した。スマホで調べたが、雀荘は府中駅付近に点在しているようだ。  早田が、歩きながらスマホを忙しく操作していた。佐賀競馬場で行われる、九州ダービーの馬券を買うようだ。日本ダービーを皮切りに、地方の各競馬場でも、ダービーを冠したレースがこれからいくつも開催される。  雀荘に着いた。『リターン』という、都内を中心に関東でチェーン展開しているテンゴの雀荘だ。アンナは、以前一度だけ久米川店にフリーで入ったことがある。レートがすべてではないが、どうせテンゴなら、『スパロー』の方がいい。  入店し、メンバーにセットで打ちたい旨を伝えた。フリーは3卓立っている。  卓に案内された。歩きながら、レートやルールは決めていた。東南戦、レートは1000点500円。ウマは1万円・2万円で、鳴き祝儀の3000円だ。  さらに、早田の提案で、トップが総獲りの前出し2万円も追加された。順位ウマを加算すれば、トップはウマだけで8万円の収入となる。というより、儲かるのはトップだけだ。馬券の負けを、早田はどうしても取り返したいようだ。  卓に着いたのは、アンナ、矢野、早田、福尾の四人。レートが高いこともあり、ヨシオは見学だ。 「なあヨシオちゃん、俺と外ウマしない?」 「外ウマってなんですか?」 「ヨシオちゃんは、俺以外の誰かに賭ける。そいつが俺より上の着順なら、ヨシオちゃんの勝ちだ。1万でどうよ?」 「えっ、1万円……」 「受けてやれよ、ヨシオ。アタシがやった祝儀があるだろ。4回負けても、4万で済む。4頭立てだから、競馬の予想より楽だろ」 「わ、わかりました。受けます」 「いいね、ヨシオちゃん。そうこなくちゃ」  1戦目、アンナの起家(ちーちゃ)で対局が始まった。ヨシオは、アンナに賭けている。  親はあっさりと蹴られ、苦しい展開のまま、ラス目でオーラスを迎えた。トップを獲るには、倍満ツモという条件だ。  11巡目、上家(かみちゃ)にいる3着目の福尾が、四萬を暗カンした。新ドラは四萬。これで、福尾もトップが見えた。  次巡、アンナはテンパイした。15555770-c53d-4b6a-aea7-666e3993005a 「オープン」  アンナは北を晒し、二筒切りリーチを打った。今回のルールは、オープンリーチを採用している。テンパイ部分を晒すことで、一翻アップする。オープンリーチへは、他のリーチ者か、手詰まりになってしまった者以外の放銃は認められず、誤って切ってしまった場合は、手の内に戻し別の牌を切らなければならない。手詰まりとなった場合の放銃は、役満になる。 「えっ、北単騎でオープン」  福尾が呟いた。二筒も北も、場に1枚ずつ見えている。三筒や四筒は見えていないので、面子で持たれている可能性が高い。もちろん北も誰かが雀頭にしている可能性はあるが、1枚切っているのは北家(ぺーちゃ)の早田で、タンピン系の手だろう。福尾もタンヤオだ。南をポンしているトップ目の矢野は、最終手出しが4枚目の西で、北へのくっつきを狙った感じではない。山に生きているのは北だ。何気ないひと言で、福尾に北がないことはわかった。  待ちがわかっているので、他の三人は当然攻めてくる。矢野は、すでに張っているだろう。だが、早田や福尾が油っこいところを切っているにもかかわらず、ロンの声はかからない。待ちが悪いのか。  13巡目に、矢野が二筒を手出しした。北を掴んだようだ。ルール上、オープンリーチに差し込むことはできない。早田も福尾も、テンパイかシャンテンの気配だ。  15巡目に、アンナは北を引いた。 「ツモ」5694d0f6-7ebc-4a40-8b1d-aad339dc0658  手牌を開け、裏ドラをめくる。カンが入っているのでチャンスは2倍だが、いきなり八萬が姿を見せた。カン裏に、二筒がいた。 「4000・8000の3枚」  リーヅモチートイオープン赤裏々の倍満で、アンナは逆転トップとなった。記帳係のアンナは、記録表に結果を書きこんだ。 「マジか。やられたぜ。外ウマも」  早田が、苦笑しつつセブンスターの煙を吐いた。  2戦目は矢野が、3戦目は福尾がトップだった。外ウマでヨシオが指名したのも、その二人だ。 「おいおい、どうなってんのよヨシオちゃん。冴えまくりじゃない」 「いや~、自分でもびっくりです……」 「言っただろ。ヨシオの予想はすげえって」 「それは競馬の話だろ? この精度は普通じゃねえって」  アンナも、内心では驚いていた。ヨシオが指名した者が、3連続で1位なのだ。ヨシオ自身、理由は説明できないだろう。競馬なら血統などのデータがあるが、ヨシオは勘で当てているとしか思えない。 「まあ、これもひとつの才能だな」  矢野が、メビウス・ライトに火をつけながら言った。アンナも、心で頷いた。  最終戦となる4戦目は、早田がトップで、外ウマも早田が勝った。しかし、ヨシオが賭けたアンナも、僅差の2着だった。  奇妙なことに、全員が1着から4着までを、1回ずつ取っていた。祝儀もあるので、多少の金は動いたが、それでもレートを考えれば少額だった。 「なんだよ、麻雀でも結局、外ウマの分ほとんど俺の一人負けじゃねえか」 「ハヤさん、気を取り直して飲みに行こうぜ。いい時間だろ」  祝儀分で浮いたアンナが、セット料金を出した。  外に出て、適当な店を探した。20時前、まだ飲み屋は多少混んでいるようだが、競馬が終わった直後ほどではない。 「あっ」  早田が、スマホを見て声をあげた。 「ハハッ。九州ダービー、当たってたよ。払い戻し100万超えだ」 「すげえな! てことはよ、結局ハヤさんが一番勝ったんじゃねえか。もちろん、奢ってくれるよな?」 「当然だ。寿司でも焼肉でも、なんでもいいぞ」 「調子よすぎだぜ、ハヤさん」 「はっはっは。俺がダービーだ!」 「言葉の意味はよくわかりませんが、いい取材になりましたよ」 「ちゃんとフェイク入れといてくださいよ、福尾先生。俺の名は、ミスターダービーとか」 「それは却下ですね。むしろその称号は、ヨシオ君の方が合ってるでしょう」 「違えねえ。麻雀ダービーは、ヨシオちゃんの勝ちだ」  早田が言うと、全員が頷いた。当のヨシオは、照れ笑いしている。  結局、近場の手頃な居酒屋に入った。  乾杯したあとも、麻雀と競馬の話が続いている。  それが一番の酒のつまみだ、とアンナは思った。      第4話 麻雀ダービー 完
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