第5話 女子大生雀士

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第5話 女子大生雀士

     1  中央公園のアジサイが、色とりどりの花をつけている。  アンナは、ヨシオと二人で、新所沢駅にむかい歩いていた。  日中は雨が降り続けていたが、夕方になって止んだ。バッグの中には、急な雨に備え、折り畳み傘を入れている。  アジサイの花は、土壌の酸度によって色が変わるらしい。酸性だと青、アルカリ性だと赤くなる。青に近い紫色が、アンナの好みだ。  所沢で降り、改札前で待っていた石塚と合流した。西口に出て、プロぺ通りを進んでいく。 「カオリちゃんって言ったっけ。アタシと同い年なんだって?」 「ええ。バイトばかりで、なかなかサークルには顔を出さないのですが」 「でも、そのバイトが雀荘なんだろ。実戦的でいいじゃねえか。石ちゃんも、最近はだいぶリア麻に慣れてきたけどな」 「いやあ、アンナさんや鶴見さんに比べれば、まだまだです」 「そりゃそうだ」  アンナが言うと、石塚は苦笑して頭を掻いた。 「もしかしたら、とは思ってましたが、ほんとうに小野寺さんのバイトが雀荘だったなんて、驚きですよ」 「そっか、ヨシオは面識あるんだよな。アタシも、会うのが楽しみだ」  フリー雀荘では女の客も見かけるが、同世代で強い女はそういない。サークルでは最強という話だが、それは自分の目で確かめるだけだ。  看板が見えてきた。5月末に府中でセットを打った、『リターン』の所沢店だ。雑居ビルの3階に上がり入店すると、メンバーが挨拶してきた。女性のメンバーもいる。彼女が、小野寺カオリだろう。 「いらっしゃい、石塚君。水嶋君も、久しぶり。あなたが、黒崎アンナさんね。よろしく」 「ああ、よろしく」  確かにカオリはきれいな顔立ちで色白のスレンダー美人だが、話に聞いていたのと少し違う印象だった。  銀縁メガネをかけ、セミロングの黒髪を後ろで一つ結びにしていたスタイルは、清楚というより、地味だった。服は白いブラウスと濃いベージュのパンツで、店名の入ったエプロンをかけている。  初来店のヨシオが、カオリからルール説明を受けた。アンナも確認のため一緒に聞いていたが、カオリの説明は丁寧でわかりやすかった。  レートは0.5の5-10で、鳴き祝儀の100円。ゲーム代は450円で、トップ賞が100円だ。勝っても大した金にはならないが、いまのアンナは、一般的な雀荘に金を求めて入ることはない。学生にはちょうどいいだろう。  すでにフリーは2卓立っている。アンナとヨシオ、石塚にカオリを加えたメンバー1(ワン)入りで、新たに卓を立てることになった。店内は広く、20卓ほどありそうだ。  場決めで東を引いたカオリは、入口と店内の様子が見える席を選んだ。他の卓の動きも見え、新たに来店があった際も、すぐに声かけができる。椅子を高く上げ、卓の内外がよく見えるようにしてもいる。それだけで、カオリが打ち手としてもメンバーとしても優秀であることがわかった。  対局は予想通り、アンナとカオリのマッチレースとなった。アンナが満貫をアガると、カオリも満貫で返してくる。対面にいるカオリの表情は変わらないが、メガネの奥の瞳は、力強く光っていた。所作も流れるようにきれいで、武道の演武を見ているかのようだ。  互いに譲らない展開となったが、ラス前でカオリがリードした。オーラス、ドラは九萬。逆転するには、5200点の直撃か、満貫の出アガリが必要だ。  6巡目、親のカオリがリーチを打ってきた。役無しのリャンメンリーチ、とアンナは読んだ。  現物を切りつつ、8巡目にアンナもテンパイした。18a8e29d-75d4-4a27-83f5-92dfc9cc3164  9巡目、カオリが四筒をツモ切った。3着目の石塚が、息を吐きながら数枚の牌を右端に移動する。視界の隅で捉えた。 「ポン」  山に手を伸ばすヨシオの手が止まる。アンナは四筒を晒し、カオリの現物である五筒を切った。  石塚のツモ番。手の内から、一筒が切られた。 「ロン。8000」d6884e13-8d96-4f42-8a1a-6f350167d6a5 「あっ」  石塚が声をあげた。 「バレバレだぜ、石ちゃん」 「やられたわね。わたしのリーチが軽率だったかしら」  言って、カオリが自分の手を開けた。5b913b07-72af-440e-9773-babed47d43ff 「なるほど……。アタシならダマのままで、南をポンできたら五索切りだな。南が暗刻っても五索切りかな」 「そうだよね。早い巡目だし、つい手拍子で打っちゃったけど、この形で押さえつけようってのは、浅はかだったかな」  次の半荘(はんちゃん)は、カオリがトップ、その後も交互にトップを獲り合ったが、5戦目と6戦目にアンナが連勝し、対局は終了した。  🀄  午後10時でカオリの勤務時間は終了となり、四人で居酒屋に入った。だいたいの雀荘では、メンバーは12時間勤務が基本だが、『リターン』の基本勤務時間は8時間だという。さらにカオリは女子大生ということもあり、店長の裁量で、日ごとに融通を利かせてもらっているらしい。客入りのいいチェーン店ならではだ。 「ほんと強いのね、アンナちゃん。びっくりしちゃった。こんなに強い人、岡部さん以来よ」  ウーロンハイを飲みながら、カオリが言った。岡部ユウイチは、石塚やカオリが所属する麻雀サークルのOBらしい。競技麻雀に関心がないアンナでも知っている、新進気鋭のプロ雀士だ。『スパロー』でたまに読む麻雀雑誌にも、よく写真付きの記事が載っている。 「カオリちゃんこそ、アタシが思ってたよりずっと強かった。以前はなにか、武道でもやってたか?」 「よくわかったわね、弓道よ。高校の時、一度だけ全国大会に出たわ」 「道理でフォームがきれいなわけだ。それだけの腕があれば、あそこじゃまず負けないだろ」 「そうなんだけどね。実はいま、ちょっと悩みがあるの」  どうやらカオリは、キャバクラを経営しているという客に言い寄られているらしい。事あるごとに、ウチで働かないか、とか、今度お茶しよう、といった具合だ。『リターン』の店長がそのキャバクラの客でもあり、なかなか注意もしづらいらしい。  実際、メガネを外し髪を下ろしたカオリは、モデルかと思うほどの美人で、女のアンナでさえ見とれてしまった。客からはさぞかし人気だろうが、本人にとっては迷惑なこともある。あえて仕事中は地味な格好をしているようだが、カオリの持つ美しさはそれで隠しきれるものではない、という気もする。 「なるほどな。よし、今度そいつが来るとき、アタシも行くよ。それより、カオリちゃん食欲ないのか? さっきから食い物に全然箸つけてないぞ」 「食事はバイト前に済ませたわ。深夜は、食事を控えてるの。太ったらいやだし」 「ふ~ん、そうなんだ」  アンナは感心した。モデルのようなカオリの体型は、日頃の意識の高さから作られているのか。ほどよく筋肉はついていて、不健康そうな感じではない。 「ちょっとアンナちゃん、いまわたしの胸見たでしょ」 「いや、見てないよ」 「絶対見た。どうせアンナちゃんと違って胸小さいわよ」 「いやいや、気のせいだって。第一カオリちゃん美人だしさ、胸なんか気にすることないだろ」 「胸なんかって。アンナちゃんは大きいからそんなこと言えるんだよ……」 「ごめんごめん。まあ飲もう、カオリちゃん」  適当にごまかし、アンナはタブレットで酒を追加注文した。大きすぎるゆえの悩みもあるのだが、言ったところでカオリにとっては嫌味でしかないだろう。 「あの、小野寺さん、『じゃんむす』のフレンド申請していいですか?」  ヨシオが、スマホを見せカオリに声をかけた。 「え、ああ、いいわよ」  弾かれたように、カオリがスマホを取り出した。 (いいぞヨシオ。グッジョブだ。カオリちゃん、胸が小さいの気にしてるんだ。本人には言えないけど、そういうとこ、かわいいなあ) 「僕も申請していいかな、水嶋君」 「ぜひぜひ、お願いします」  店員が、酒を持ってきた。三人は、スマホで雀々娘のアプリを開いている。  アンナは、ヨシオのスマホを覗き見た。ホーム画面には、やはりメイドの女の子がいる。段位は3段に上がっていた。いちおう、上達しているようだ。  追加で届いたウーロンハイに、カオリが口をつけた。白く細い指が目を惹く。  カオリの胸を見ないよう気をつけながら、アンナは焼酎を口に運んだ。
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