第0話 雌ライオン

2/4
前へ
/42ページ
次へ
     2  昼過ぎに自宅を出て、アンナは小手指駅に向かった。  新所沢と小手指の、ちょうど中間あたりのアパートに住んでいるが、目的地は池袋だ。新所沢から乗ると、所沢で乗り換える必要がある。小手指には『タイガー』という雀荘があるが、最近はあまり行っていない。  イヤホンからは、80年代のヘヴィメタルが流れている。メタルにもいろんなジャンルがあるが、いわゆる正統派というやつが、アンナの好みだ。ファッションも、ロックテイストな、レザーやデニムのものが多い。デニムのショートパンツは季節に関係なく着用しているが、冬はさすがに寒いので、デニール数の高い黒タイツを合わせるのが定番だ。靴は、ワークブーツを履いている。春夏は、スニーカーかサンダルが多い。  小手指駅から、池袋行きの急行に乗った。  30分ほどで池袋に着き、西口から出てしばし歩くと、目的地のシティホテルが見えてきた。ここが、今日の『会場』だ。  大広間で、係の男にスマホのメッセージ画面と、手提げ袋の中身を見せた。袋には、現金で300万円が入っている。  男に金を預け、アンナは適当な席に座った。開始時刻まで、まだ少しある。  アメリカンスピリットに火をつけ、煙を吐きながら、周囲を見渡した。ビュッフェスタイルで食事ができるが、手をつけているのは観戦者のみだ。腹ごしらえは大事だが、勝負の場で食べることはない。メシはあらかじめ済ませておくものだ、とかつて雀ゴロだった鶴見も言っていた。  奥には、全自動麻雀卓がある。アンナを含めた4人が、半荘4回を戦い、総合トップの者は900万、2位は300万を得る。つまり、トップは600万の浮き、2位はチャラ、3位と4位は負けということだ。  卓の周囲には、カメラが設置されている。観戦者たちはモニターで対局を観て、誰が勝つかを予想し、賭けることができる。それが、この会の趣旨だ。  視線を感じた。  参加者の一人だろう。ワインレッドのシャツを着た、30代半ばくらいの男だ。肩まである髪を後ろで束ね、口ひげを生やしている。 目が合うと、ロン毛の男はこちらに歩いてきた。 「もしかして、君も参加者?」 「ああ、そうだけど。何か変かな?」  笑顔の裏に、見下しが見える。アンナはそっけなく答えた。 「若い女の子がこんなとこにいるなんて、意外と思ってね。今日はよろしく」 「あいよ」  煙を吐きながら、適当に返事した。何回か(うなず)いて、ロン毛は去っていった。なにがよろしくだ。卓に着くまでもなく、物腰や話し方で、ロン毛は自分よりも格下だと、アンナは確信した。参加するだけの金はあるが、それだけの男だ。  アンナと同じように、座ってタバコを()っている男がいた。歳は40前後だろうか。短く刈りこんだ髪の毛を立て、黒いシャツを着ている。あの男も、参加者だろう。さっきの男よりは上だ。  あと一人。いた。寿司を摘んでいる。眼鏡をかけ赤いチェックのシャツを着た、50過ぎの男。目が合うと、真鯛の握りを頬張りながら、手を振ってきた。苦笑しながら、アンナも手を挙げて応えた。  男の名前は、福尾マサト。 職業はフリーライターで、麻雀関連の本も出しているという。  多少は名の知れた人間が、高レートの場に出入りしていいのかと思うが、福尾は、飄々(ひょうひょう)としていながらも図太く、使えるものは何でもネタにして、記事を書いているらしい。  麻雀の腕も確かだ。前回、アンナは福尾に敗れ2位、チャラだった。  前回の対局終了後、福尾に声をかけられた。アンナを題材に、記事を書きたいのだという。アンナは、次も負けたら記事を書いていい、と答えた。  記事は別にどうでもいいが、続けて負けるわけにいかない。アンナは、短くなったアメスピを、灰皿に押しつけた。  しばらくして、進行役の男が広間中央に歩み出てきた。  開始時刻だ。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加