第5話 女子大生雀士

2/2
前へ
/42ページ
次へ
     2  日曜の昼、アンナはヨシオと二人で所沢の『リターン』へむかった。  ビルの前で黒いベンツのクーペが停まり、男が降りた。男は『リターン』へ入っていく。ベンツは、そのまま走り去った。少し間を開けて、アンナとヨシオも中へ入っていった。  店内の待ち席に、男は座っていた。歳は30代後半というところか。高級そうなスーツに身を包み、髪もきれいにセットされている。 「アンナちゃん、水嶋君、いらっしゃい。お待たせしました、小久保さん。始めましょうか」  すでにフリーは6卓立っているが、新たに卓を立てることになった。『リターン』所沢店は繁盛しているようだ。  小久保から、伏せた牌を取り場所を決めた。アンナが東を引いたので、カオリが店内を見やすいよう、席を選んだ。 「はじめまして、小久保さん。黒崎アンナってんだ。よろしく」 「ああ、小久保です。よろしく」  小久保の表情は穏やかで、紳士的だった。だがそれは仮面だ。仮面の下から、隠しきれない夜の匂い、裏の匂いが漂ってきている。仮面を剥がしてやろう、とアンナは思った。 「アタシ、カオリちゃんの友だちなんだけどさ、小久保さん、カオリちゃんに言い寄ってるらしいじゃん。あまり感心しないなあ」 「なっ……美人だから、声かけただけだよ。キャバ嬢になれば、もっと稼げるし」 「本人は迷惑してるようだぜ。第一、カオリちゃんには麻雀の方が合ってるだろ。腕もいいし」 「友だちと言ったが、君も学生なの?」 「いや、麻雀打ちだ」 「フッ。麻雀打ちねえ。街のフリーじゃ、せいぜい1万2万くらいしか勝てないだろ。よかったら、高レート紹介しようか? 金と腕があればの話だけど」 「あんたがここに乗りつけたベンツくらいは、キャッシュで買えるぜ」 「冗談きついな。1400万だぞ」 「それなら、4、5台買えるくらいは持ってる」 「言うだけなら、なんとでも言えるな」 「腕の方は、いまから見せてやるよ。なんなら、握ってもいい」 「サシウマか。面白いな」 「ダメよ二人とも、ここは健全な雀荘なんだから」  語気を強めて、カオリが言った。ヨシオは、三人の顔を交互に見ながらおろおろしている。 「そうだなあ……。よし、君が勝ったら俺は今後一切、カオリちゃんを誘うようなことはしない。俺が勝ったら、ウチの店にとりあえず体入で来てもらおうか、アンナちゃん」 「構わないぜ」  対局が始まった。  最初から、フルスロットルだ。小久保は手慣れてはいるが、車にたとえるなら、高級車に乗って満足している程度だ。カオリもよく食らいついてきたが、埠頭や峠の走り屋の域を出ていない。  こっちは、高レートというサーキットを常に先頭で駆け抜け、チェッカーフラッグを受ける、レーサーだ。ドライビングテクニックも、走行距離も違う。  半荘5回が終わり、アンナが5連勝、カオリが5連続2着、3着と4着は小久保かヨシオという結果となった。 「強すぎるよ、アンナちゃん。こないだとは、どこか雰囲気も違ったし」  大きく息をついて、カオリが言った。 「今日のアタシはレース仕様だ。生半可なスポーツカー、ましてベンツじゃ、追いつけないさ」 「いやあ、思い知らされたよ。約束通り、もうカオリちゃんをしつこく誘うのはやめるよ。でも、ベンツの乗り心地もいいもんだぜ。俺のはAMGのスポーツ仕様だし」  観念した表情で、小久保が言った。仮面をさらに剥がせば、潔い男だ。 「へえ~。ま、酒ならいつでも付き合うよ、小久保さん」 「それはいいや。カオリちゃんの方がタイプだし」 「うわ、いまのちょっと傷ついたわ~」 「ごめんごめん。でもアンナちゃんがキャバ嬢になったら、人気出そうだけどな。捌けてるし、酒強そうだし、胸もあるし」  胸の話はまずい。横目でカオリを見た。口の端が、少し歪んでいる。 「ぼ、僕は皆さんとまた楽しく麻雀ができればいいなあ、なんて……」  空気を察して、ヨシオがフォローを入れた。 「た、確かに、それが一番だよな。カオリちゃんも、そう思うだろ?」 「ぶっちぎりで勝っておいて、よく言うわよ」  カオリは口もとで笑っていたが、目が笑っていない。いまのカオリは、リミッターが解除されたような状態だ。小久保もなにかを察したようで、唐突にスマホを触りだした。 (おまえのせいだぞ、小久保!)  いまカオリとゼロヨン、あるいはチキンレースをしたら、たぶん負けるだろう。  柄にもなく、アンナは愛想笑いをした。      第5話 女子大生雀士 完
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加