第7話 麻雀のプロ

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     2  14時まで、あと15分というところだ。  冷房の効いた『スパロー』で、アンナはアイスコーヒーを飲んでいた。ミルクとガムシロップの入った、アリアリだ。  両脇には、ヨシオと鶴見がいる。三人で、卓に入っている清水を見ていた。7月末に入ったメンバーで、まあまあ打てるし、よく気もつく。  先週、9月6日はヨシオの誕生日だった。居酒屋で誕生パーティーをし、アンナはヨシオにスニーカーをプレゼントした。今日も、ヨシオはそのスニーカーを履いている。  東ラス、西家(しゃーちゃ)の清水が6巡目でリーチをかけた。二筒三筒を切って一四筒待ちのピンフ。いい待ちだ。 「え~、早すぎですよ~」  清水の下家にいる武田が、腕を組んで長考した。武田の手もまとまっていて、赤が2枚ある。 「ゆっくりでいいよ。コーヒーちょうだい。ホットブラック」 「はい」  武田の対面にいる小形が、笑いながらショートホープに火をつけた。返事をした高田が、カップにコーヒーを注いでいる。  小形のサイドテーブルにコーヒーカップが置かれると同時に、武田は一筒を切った。 「ロン。8000点2枚です」 「ほんとに~」  言って、武田ががくりと頭を落とした。 「お、一筒がもう1枚出たな。巨大なのが」  小形の言葉に一同が笑っていると、ドアが開いた。  先頭で入ってきたのは石塚だ。続いて入ってきた男の顔は、雑誌では何度か見ている。競技麻雀プロの、岡部ユウイチだ。最後にカオリが入ってきて、そっとドアを閉めた。 「あ、プロの人だ。雑誌で見たよ」 「あ~、私も見たことありますよ。なんて言ったっけな……」  大橋に続き、武田が言った。 「こんにちは、岡部ユウイチです。今日はよろしくお願いします」  岡部が、爽やかに挨拶した。ただイケメンというだけではない、独特のオーラのようなものがある。麻雀アプリ『雀々娘』のランキングで頂点に立ち、競技麻雀のプロとして新人王も獲得した男だ。 「こちらが黒崎アンナさん。そして、メンバーの鶴見さんです」  カオリが、アンナと鶴見を紹介した。  軽く自己紹介をし、対局に入った。アンナ、石塚、岡部、鶴見という並びだ。ほぼセットのようなものだが、あくまで『スパロー』ルールのフリーである。2回で場替えをするという点だけが、ふだんのフリーとは違う。  東一局は、さっそく岡部が2000・4000をアガった。岡部の後ろで見ているカオリの表情が綻んだ。それを見て、アンナもシフトを上げた。ヨシオは、アンナと鶴見の手が見える位置にいる。  めずらしく、アンナはプレッシャーを感じていた。岡部ユウイチは、若手プロの有望株というだけあって、さすがに鋭い。だが原因はそれだけではない。鶴見の顔つきが、いつもと違う。メンバーというより、勝負師の(かお)だ。ふだんは隠している牙や爪を、さらけ出した。そうさせるだけのものが、岡部にあるということだ。  その後は打点は低いものの、繊細な攻防が続いた。石塚だけが置いていかれている。残酷だが、仕方がない。  オーラス、ドラは四索。8巡目、2着目のアンナはドラ暗刻のイーシャンテンとなった。満貫なら、ツモでも出アガリでも岡部をかわしトップになれる。58309ec0-5635-4ce6-926f-be6c44e30629  北は3枚切れているが、安全牌として持たず、アンナは北を切った。  次巡はツモ切り。石塚が八萬を切った。すかさずポンして七萬切り、タンヤオへ移行した。シャンテン数は変わらないが、鳴いていける。ただ、鶴見から鳴けることはないだろう。鶴見はマン直ハネツモ条件の3着目。狙うとすれば、鶴見がテンパイした時だ。  次巡、アンナは五索を引いてテンパった。九萬切り。二五筒は、石塚からも岡部からも出ない。岡部は2巡前から、アンナの現物を切っている。 「リーチ」  鶴見が発声をしたが、宣言牌は二筒だった。 「ロン、8000」c90a0f45-f221-4cfd-a79e-7b3bd1eb7d05 「……はい」  アンナの手牌に目を落とし頷くと、鶴見は点棒を払った。  1回戦は、なんとかアンナが制した。2着が岡部で3着が鶴見、ラスは石塚だ。  アメスピに火をつけたが、味はしなかった。のどが乾いている。  アンナは高田にアイスコーヒーを頼んだ。  🀄  2回戦の東三局、親番の鶴見はマルボロに火をつけた。ふだんなら、いつでも客が入れるように、東場でタバコを()うことはない。  岡部はネット麻雀の頂点に立ち、競技プロとしてもタイトルを取っている。卓に着いて、本物だということはわかった。アンナも、すっかり雀ゴロの顔になっている。たぶん、自分もそうだろう。メンバーであることを忘れさせる。そういう相手とは、なかなか出会えるものではない。  8巡目、岡部から先制リーチがかかった。同巡、鶴見は七索を引いてイーシャンテンとなった。a173bcb1-92a8-4b00-a944-3c10a5566e83  ためらうことなく、鶴見は無筋の二筒を切った。通った。アンナも石塚も現物を切った。岡部がツモ切る。一発はない。9巡目、三索。テンパった。 「リーチ」  これも無筋の六萬を、鶴見は横に曲げた。ロンの声はかからない。岡部が一瞬、目を大きく開いた。  指先が、熱かった。指先だけではない。全身が、血が、燃えている。長く忘れていた感覚。再び、火がついた。  マルボロを灰皿に落とすと、ジュッという音がした。心の炎は、水で消えることはない。  一発目、鶴見は牌に触れた瞬間、それが赤だとわかった。 「ツモ」28dfa8a2-59be-4d38-b846-d9c1ced199b5 「8000オールの3枚」  裏ドラはいなかったが、8000オールの親倍だ。  手牌を流す際、アガリ牌となった赤五索が目に入った。  炎の色に似ている、と鶴見は思った。
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