第8話 ヨシオの冒険

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第8話 ヨシオの冒険

     1  財布から、また1万円札が出ていった。  半荘4回で、3万円負けている。初めて来た雀荘で、ヨシオは苦戦を強いられていた。  時計を見た。12時半。土曜日だからか、午前中から満卓だった。前日の晩から打っていたであろう客がラス半をかけても、新たな来店がある。  思い出したように、ヨシオはウーロン茶のグラスを手に取った。水滴がびっしり付いたグラスを傾け、乾いたのどにウーロン茶を流しこむ。  練馬の千川通り沿いにある『マッシュルーム』のレートはピンのニーヨン――1000点100円のウマは2000円、4000円だ。チップは面前祝儀で500円。これまでテンゴしか打ったことがないヨシオにとっては、ウマとチップがきつかった。  先月、『スパロー』に岡部ユウイチが来た。麻雀アプリ『雀々娘』10段、ランキング1位で雀帝位の称号を持つ、競技麻雀のプロである。デビュー2年目だが、麻雀雑誌でも特集記事が組まれるほどの人気で、ヨシオにとっても憧れの存在だ。岡部にサインを書いてもらった色紙は、部屋に飾ってある。  岡部と、アンナと鶴見、石塚の対局は、後ろで見ていて圧倒されると同時に、ヨシオの心に火をつけた。  感化されたヨシオは、少し背伸びをしようと思った。いつもよりレートが高く、かつ知人に出くわすことがない雀荘を探し、ここ『マッシュルーム』を選んだ。そこまではよかったが、予想外に金の動きが大きく、ヨシオはすっかり呑まれていた。 (やっぱり、僕にはまだピンで打つのは早かったか……)  後悔しても、失った金は戻ってこない。取り戻すには、勝つしかない。  だが、この半荘もヨシオは行けば放銃、オリればツモられ、ラス目のままオーラスを迎えた。  ドラは八筒、9巡目でなんとかイーシャンテンにこぎつけた。2f88dd5e-18cf-41c6-b725-be69beafb4c3  ヨシオは打二索とした。五八筒四筒、一四索三六索でテンパイできる。  次巡のツモは、三筒だった。 b3cfccea-642d-4cc3-b39b-7d75a3c96c0d  手拍子で三筒をツモ切った直後、ヨシオはしまった、と思った。2着とは、満貫直撃か跳満ツモで順位が入れ替わるのだ。一索引きでは、最悪1300点になってしまう。ここは受け入れが狭くなっても、タンピンを確定させる一筒がよかったのではないか。二索か五索でもよかったかもしれない。  案の定、次巡引いたのは赤五筒だった。 「リーチ」  四索を切り、ヨシオは三六索待ちでリーチを打った。リーチピンフ赤。一筒か五索を外していれば、二五八筒の三面待ちでリーチを打てていた。メンタンピン赤、イーペーコーとなる二筒かドラの八筒をツモれば、2着になれる。  後悔しても仕方がない。一発ツモか、ツモ裏1なら、3着になれる。だが、すぐに対面から追っかけリーチが入った。  三六索、三六索、と念じながらヨシオは牌山に手を伸ばす。  引いたのは、ドラの八筒だった。その八筒に、ロンの声がかかった。 「かあ~、裏はなしか。まあそれでも2着だ」  悲しいことに、裏ドラは四索だった。選択を間違えなければ、メンタンピン一発ツモ赤ドラ裏3の倍満5枚オール。トップ目に親被りさせての、逆転トップだった。一打のミスで、ウマやチップ込みで2万円ほどの差額を損したことになる。  ヨシオは財布から1万円札を出し、メンバーに両替してもらうと同時に、ラス半コールをした。さすがにもう、心が折れた。  次の半荘も見せ場はなく、なんとかラスを回避して3着だった。トータルで4万5千円ほどの負けだ。  席を立ったところで、後ろに気配を感じた。ふり返ると、福尾マサトがこちらを見ていた。 「あ、福尾さん……。こんにちは、奇遇ですね」 「やあ、久しぶり。たまたま近くで用があってね……。まあ立ち話もなんだ、メシでも行こうよ。まだ14時だし、どこかやってるだろ」 「あ、はい」  福尾と連れ立って、『マッシュルーム』を出た。目白通りにむかって歩いていく。  風が少し冷たかった。もう、10月も終わりだ。 「福尾さん、あの雀荘へはよく行くんですか?」 「いや、初めてだよ。ふだんは歌舞伎町でピン東打ってるし」  ピン東――1000点100円の東風戦ということだ。ヨシオがインターネットで得た情報では、ウマやチップの額が大きく展開も速い。単純にテンゴの倍、というわけではなく、結構な金額が動くようだ。 「早田さんや矢野さんのいる、『幻龍』とかですか?」 「あそこは、ピンはピンでもデカピンだよ。200万くらいは持って行かないと。だから俺も、たまにしか行けないな」 「えっ、そんなに髙いんですか。初めて知りました」  ヨシオはレートの高さに驚愕した。デカピンとは、1000点1000円のことだ。 「なんだ、アンナさんから聞いてないの」 「さすがに、高レートの話は訊きづらいので……。ところで、僕の麻雀見てました?」 「ああ、南場からね。トータルでも負けた?」 「はい、4万5千円ほど。下手くそで、お恥ずかしいです」 「結構やられたなあ。まあでも、ヨシオ君が特別下手ってことはないけどね。あの店のレベル自体、大したことないし」 「福尾さんから見れば、そうでしょうけど……。なにか気づいたことがあれば、教えてください」 「そうだなあ。少ししか見てないけど、ヨシオ君は、牌効率というか受け入れ枚数を気にしすぎるところがあるかな。フォロー牌を遅い巡目まで引っ張りすぎたり、安目の受け入れまで残したりとか」  思い当たる場面がいくつもあり、ヨシオはうつむいた。 「あ、ここにしよう。とんかつでいい?」 「はい」  とんかつ屋に入り、注文した。ヨシオはおろしポン酢カツ定食、福尾は味噌カツ定食だ。  注文を終えると、福尾はさきほどの続きを話しだした。 「あそこ、ピンのニーヨンだよね。2着でも充分浮くし、ある程度手組みをシャープにすることも大切かな。もちろん場面にもよるけど、巡目が深くなったら、余剰牌の危険度を考えていかないと。あとヨシオ君は、相手の先切りにひっかかりやすいかも」 「まったくその通りです……。押し引きのバランスも、難しいです」 「押し引きに関しては、俺が書いた『麻雀・押し引きの指南書』をくり返し読んでよ。きっと役に立つから」 「はい、ありがとうございます」  注文した食事が届いた。 「今日は奢らせてもらうよ。勝ったし」 「ご馳走になります。嬉しいです」 「とんかつ食って、次は勝つ! なんてね」 「はい、頑張ります」  懐は痛んだが、福尾と会って、アドバイスも貰えた。  前向きに考えよう。思考がネガティヴになると、運まで逃げていく気がする。  心の中で頷き、ヨシオはとんかつを頬張った。
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