第9話 クリスマスプレゼント

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     2  2時間ほど経って、ようやく人心地つくことができた。  改めて、鶴見は店内を見渡した。4卓すべて稼働しているのは、いつ以来だろうか。  ゲストの岡部の卓、臨時バイトのアンナとカオリ、もう1卓はいつもの常連たちだ。イベントの時でもふだんと変わらず来てくれる常連を、鶴見はむしろありがたいと思った。  新たな来店があった。カオリが卓に入ったので、代わりにヨシオが整理券を渡したり、案内をしている。こうやって来てくれた客の中から、若干名でもまた『スパロー』に来てくれればいい。ゲストイベントの店側の意図は、そこにある。  鶴見は清水とドリンクや洗い物を担当、高田も立ち番をこなしつつ、常に全体を見ている。  岡部の卓で、ドリンクの注文があった。  客のサイドテーブルにコーラを置くと、鶴見は卓の状況を確認した。ちょうどオーラスに入ったところで、岡部は3着目の親だ。  店内を見渡し、ラス半やドリンクの注文がないことを確認すると、鶴見は再び卓に目をやり、岡部の摸打を見た。ドラは六筒。赤とドラがある手で、ピンフと何通りかの三色が見えるが、上の三色は早々に見切ったようだ。3巡目で、手牌はかなり締まってきている。91df8310-1d13-4fec-a5d2-0ad454af3601  ヘッドができた。ブロック数も足りている。岡部は三筒を切った。4巡目、ツモ六索で打四索。ピンフ赤ドラのイーシャンテンだ。二五萬七萬、四七筒引きでテンパイとなる。次巡、三索をツモ切り。河に、四索三索と並んだ。次巡は北をツモ切り、7巡目のツモは五索。1面子のロスだが、仕方がない。fd7d245b-2580-4478-8aa7-ef8dce5f8432  岡部はいま引いた五索と入れ替えるかたちで、八索を切った。四索を残せていれば三色のチーテンも取れたが、それは結果論か。  他家にテンパイ気配はない。ダンラスの上家はホンローチートイツのイーシャンテンだ。南と発が対子なので、トイトイでもよさそうだが、オタ風の西はおろか、一萬や一索も出てこない。持ち持ちなのだろうか。だが、この状況は、岡部にとっては好都合だ。  9巡目、岡部が赤五索を引いた。五索と入れ替える。こうなってくると、なおさら四索が惜しくなってくる。  ツモ切りが続いた12巡目、四索を引き戻した。打七索。さらにツモ切りが2巡続く。  14巡目、2着目の下家からリーチが来た。トップ目の対面は完全にオリだ。イーシャンテンが続くダンラスの上家は、オリる気はなさそうだ。リーチの宣言牌である、四筒をツモ切った。岡部は間髪入れずチーし、赤五筒とドラの六筒を晒す。現物の打八萬。二伍萬待ちの三色赤赤ドラ、親の満貫テンパイだ。933e3222-a1d6-40b7-8086-2dc2913936da  場に二萬は2枚、伍萬は1枚見えている。岡部が手の内で伍萬を1枚使っているので、残りは2枚ずつの4枚である。  15巡目、岡部はドラの六筒をノータイムでツモ切った。通った。四筒も八筒も4枚見えているから、両面はない。当たるとすれば単騎かカンチャンだが、6筒もこれで3枚目、七筒は下家が2枚切っている。四筒切りのリーチで、わざわざカン六筒を狙うような手合いでもない。下家、対面はツモ切り。上家が北を重ね、3枚目の白を切ってリーチを打ってきた。ツモ番は残り2回ある。九萬単騎のホンローチートイツ。九萬は岡部が雀頭として使ってはいるが、残り1枚が鶴見からも見えていない。16巡目、岡部と下家がツモ切り。対面は手の内から白を切った。上家の一発もなくツモ切り。17巡目は、全員がツモ切りだった。はたして、決着はつくのか。  18巡目、岡部が最終ツモで引いたのは、赤伍萬だった。8a499121-2c04-4bfe-a794-b99a6971dcae 「ツモ。4000オール」  岡部の逆転トップで、半荘は終了した。  見ようによっては、リーチの当たり牌を掴まなかったり、最後のツモでアガれたのはツイていた、とも言える。だが岡部ほどの者であれば、こんな場面は数え切れないほどくぐり抜けてきているはずだ。 「1卓ラスト。優勝は、岡部プロ。おめでとうございます」  鶴見が言うと、ギャラリーやほかの卓から歓声があがった。 「鶴見さん、ゲーム代です」 「ありがとうございます。さすがですね」  岡部と視線を交わすと、鶴見はカウンターに戻り、記録表を見た。岡部は毎回連対している。つまり毎回1着か2着で、3着以下はない。アンナもカオリも、勝っているようだ。  カオリは当初コスプレを恥ずかしがっていたが、いまは活き活きと打っている。そしてカオリは時々、岡部の方を見る。その表情で、カオリは岡部に対して麻雀打ちとしての憧れ以上の感情があることに、鶴見はなんとなく気づいていた。  カオリが髪を耳にかける動作に一瞬見とれたが、鶴見はすぐに思考を切り替え、グラスや灰皿をチェックした。 「おい清水、灰皿に水滴がついてるぞ。忙しいからって、雑な仕事はするな」 「あ、すいません」 「タバコを灰皿に置いたとたん消えたんじゃ、クレームものだからな。頼むぜ」 「はい。気をつけます」  カオリへの淡い想いは、そのうち消える。  麻雀打ちとしての炎さえ消えなければ、それでいい。  カウンターの端で、鶴見はマルボロに火をつけた。
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