第0話 雌ライオン

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     4  ホテルを出た。あたりは、すっかり暗くなっている。  アンナが持つ紙袋の重さは、来た時の3倍になっていた。  観戦者の中には、アンナに賭けて儲けた者もいるだろう。彼らにとって対局者は、競走馬のようなものだ。 「おーい」  歩いていると、後ろから声がした。ふり返ると、福尾がこちらに早足でむかってきていた。アンナは足を止め、福尾を待った。 「どうしたの、福尾さん?」 「少し、話をしたいと思ってね」 「これから、ちょっとした用があるんだ。歩きながらでもいい?」 「ああ。今回はやられたよ。これで1勝1敗。いや、もう格付けも済んだか。悔しいが、君の方が上だ」 「へへっ。悪いけど、記事は諦めてくれよな」 「凄腕の麻雀打ち、しかも巨乳の女の子。絶対注目されると思うけどな」 「胸で麻雀打ってるわけじゃないぜ」 「ハハッ。ごめんごめん」  15分ほど歩いて、目的地に着いた。小さな児童養護施設だ。 「ちょっと、待っててくれよ」  言って、アンナは施設内に足を進めた。  受付に、初老の女がいる。アンナは、紙袋の中から分厚く(ふく)れた封筒を取り出し、女に渡した。中を見てびっくりした女が固辞するが、無理やり押しつけた。 「いいんだ。アタシも施設育ちだけど、いまは金がある。クリスマス、近いだろ。子供たちに、何か買ってやってくれよ」  そう言うと、受付の女は深々と頭を下げ、何度も礼を言ってきた。アンナは、逃げるように受付から去った。  福尾が、いつの間にか近くにいた。 「おい、いま渡した封筒って……」 「あ~、全部見てた?」 「うん。施設で育ったというのも」 「ああ、ほんとだよ。外房の施設で育った。親の顔は知らない。麻雀も、そこで覚えたんだ。こっちに出てきて4年になるけど、勝った時は、こうやって少し寄付してる」  「ますます、君に興味が湧いてきたな」 「パパ活は遠慮しとくぜ」 「いや、そういう意味じゃないって。第一俺は、熟女にしか興味がない」 「それドヤ顔で言う?」  二人で、顔を見合わせて笑った。それから、来た道を戻り、池袋駅に着いた。 「じゃ、ここで。アタシ、西武線だから」 「黒崎さんとは、また打ちたいな。高レートじゃなくてもいいから」 「いいね。連絡先交換しよっか、福尾さん」  アンナがスマホを出し、福尾がQRコードをスキャンする。 「黒崎アンナさんか。会場では、名字でしか呼ばれないからなあ」 「まあ好きに呼んでよ。いいメンツ、揃えてくれよな。じゃあね」 「オッケー。またね、アンナさん」  福尾と別れて、西武池袋線の改札に入ったところで、スマホが鳴った。  さっそく福尾からのメッセージかと思ったら、高田からだった。2卓立っているが、メンバー全入りで立ち番がいないのだという。  到着している電車に乗った。幸い、席は空いている。アンナは座って、メッセージを打った。 〈悪い、出先であと1時間くらいかかる〉  送信した直後に、発車メロディーが鳴った。スマホをポケットにしまい、アンナは目を閉じた。 (そろそろクリスマスかぁ……街のイルミネーションもチラ見しただけだし、クリスマスカラーの赤、白、緑、金とか見ても、連想するのは麻雀だし。今年は少しクリスマスらしいこと、でもサンタコスはなあ……。とりあえず、今夜は高田さんと鶴見さんを誘って、飲みに行くか)  考えているうちに、電車がゆっくりと動き出した。      第0話 雌ライオン 完
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