第1話 アンナとヨシオ

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第1話 アンナとヨシオ

     1  5連勝したところで、卓割れした。  『スパロー』のレートはテンゴ(1000点50円)だから、勝ちはせいぜい15000円というところだ。ここで稼ごうとは思っていない。生活費は、月に数回行く高レートで、充分稼げている。  アンナは、純粋にこの雀荘を気に入っていた。店長の高田やメンバーの鶴見とは親しく、たまに三人で飲みに行く。  17時前、飲みに行くにはまだ早い。もう一卓の様子を、アンナは覗いてみた。  常連の武田と後藤、鶴見、新顔の男、という並びだ。新顔は20歳手前、痩せ気味でメガネをかけている。 「ようアンナ、相変わらず強いな。今夜、飲み行かないか。それか、来週あたり花見でも」  後藤が声をかけてきた。相変わらずチャラい男だ。下心が見え見えなのは仕方がないが、どうもこのタイプは好きになれない。人間性と同様、麻雀も薄っぺらだ。 「いや、遠慮しとくわ」 「なんだよ。とりあえず、対面ラス半入ってるからさ、次入れよ」 「う~ん、今日はもういいかな」  そっけなく断ると、後藤が舌打ちした。アンナは無視して、ラス半をかけている新顔の、斜め後ろに立った。  この店は後ろ見NGではないが、当然いろいろと気は遣う。だが、新顔はアンナを気に留める余裕もないほど緊張し、手もふるえていた。牌の扱いからして、ド素人だ。フリー雀荘はおろか、リアルの麻雀経験自体が少ないように見える。おおかた、オンライン麻雀ゲームから始めた口だろう。アンナは、その手のものにはまったく興味がない。  南一局、新顔は南家で5900点のラス目だが、手牌はかなり整っていた。33728631-6e42-4c36-8fe1-b5cdf5b55314  白は生牌(しょんぱい)だが、当然ここでリリースだろう。六九萬四萬、三六索でテンパイとなる。だが、新顔はなかなか牌を切らない。 (え! これで悩むか?)  アンナは思わず心で(つぶや)いた。 「おーい。サクサク頼むぜ~」 「す、すみません……」 「気にしなくていいですよ、水嶋さん。後藤君、言い過ぎだって」 「はいはい、ごゆっくり」  新顔は、水嶋というらしい。鶴見がフォローしたが、後藤は悪びれる様子もない。だが、後藤の言い分にも一理ある。いくらなんでも、水嶋の思考時間は長すぎだ。  水嶋がようやく切った牌は、三萬だった。これでは、四萬が裏目になってしまう。とてもまだ、フリー雀荘で打てるレベルではない。  案の定、次巡のツモ牌は、四萬だった。  水嶋が、前巡切った河の三萬を見て、ハッとした。 (いま気づくのかよ……。本来ならここでテンパイだ。ここから456三色の目もあるが……)  内心呆れながらも、アンナは表情を変えず次善策を考えた。  水嶋が、焦った様子で白を切った。テンパイ逃しは痛いが、まだどうにかなる。 「ポン! いま重なったとこだぜ」  発声は後藤だ。前巡に切っていればポンされることはなかったし、満貫の手を張っていた。後藤は白を(さら)し、七萬を切った。 「ポ、ポン!」  水嶋が、慌てて発声した。 (そのポンはイケてないな……ドラが出て行っちまう)  七萬をポンした水嶋が、ドラの八萬を切る。 「ロ~ン! 満貫、ラストだな!」  発声とともに、後藤が手牌を開けた。42964df3-9bc6-46cf-bf77-bd2aa5e5c2fd 「あっ……」  8000点を放銃し『飛び』となった水嶋が、黒い点棒を出した。それは知ってるんだな、とアンナは思ったが、もしかしたら、この前の半荘でも飛んで、教わったのかもしれない。  鶴見が、精算ボタンを押した。ここは箱下精算もある。ラスのウマ1000円とゲーム代400円を合わせて、マイナス3100円の表示が出た。ゲーム代は、トップの者がトップ賞100円をプラスし、計1700円を店に支払う。 「精算もサクサク頼むぜ~」  呆然とする水嶋に、後藤が追い打ちをかけるように言った。 「あの……終わります……」 「ありがとうございました、水嶋さん。またお待ちしてます!」  高田が声をかけるが、水嶋は生返事で、肩を落としながら店を出て行った。 「高田さん、いまの人初めて?」 「ああ、水嶋……ヨシオさんとか言ったかな。雀荘自体初めてだってさ。ちょっとまだ、無理があったかな。また来てくれるといいけど」 「ま、何事も経験さ。じゃあね、また」 「え、アンナちゃん、マジでやんないの? あ、小形さんいらっしゃいませ! 始まりです!」  ちょうどいいタイミングで、常連の小形が来た。  挨拶を交わし、アンナは店を出た。
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