第1話 アンナとヨシオ

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     3  シャワーを済ませると、アンナは髪も乾かさずに、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。居酒屋でそれなりに飲んだが、風呂あがりはまた別だ。  半分ほど飲んだところで、アメスピに火をつけた。ゆっくりと、煙を吐き出していく。  1DKの狭い部屋だが、どうせ寝るだけなので、不自由はしていない。ただ、ピザの箱やファーストフードの袋、空き缶、空き瓶が散乱していて、足の踏み場がなくなってきている。  たまには掃除でもするか、と思っていたら、スマホが鳴った。ヨシオからの着信だ。意外と積極的だな、と思いつつ、アンナはスマホをタップした。 「よう、どうした?」 「いま……アンナさんの、部屋の、前……」  ヨシオの声は途切れ途切れで、弱々しい。異変を感じ、アンナは外へ飛び出した。血まみれのヨシオが、壁にもたれかかっている。 「ヨシオ! なにがあった?」 「僕の、対面(といめん)にいた人……」 「後藤か。やつにやられたのか?」  よろめいたヨシオを、アンナは抱きとめた。 「警察は呼んだのか?」 「いえ、アンナさんや、雀荘に、迷惑が……」 「んな事気にしてる場合かよ」 (そうか、やつの誘いを断ってヨシオと飲みに行ったのを見られたか……。待ち伏せまでしやがって、器の小せえ野郎だ) 「うっ、うう……」  ヨシオが、嗚咽(おえつ)を漏らした。 「どうした、痛いのか?」 「自分が、情けなくて……。昔からなんです……。怖くて、(すく)んじゃって、イジメられて……」  アンナは無言で、ヨシオの頭を抱いた。 「なにをやってもダメで……麻雀も下手で……」  ヨシオは、アンナの胸に顔を埋め、しゃくりあげている。アンナのTシャツは、ヨシオの血と涙ですっかり濡れていた。それは気にならないが、ノーブラだったことを思い出し、少しだけ恥ずかしくなった。  (ったく、ガキだな……。まあ、元々はアタシのせいだ。後藤の野郎、必ずケジメ取ってやる) 「麻雀なら、アタシが強くしてやるよ」 「ほ、本当ですか……?」 「ああ、ビシバシ鍛えてやる。覚悟しとけよ」 「はい、ありがとうございます」  ヨシオが顔を上げた。血と涙と鼻水で、ヨシオの顔はぐちゃぐちゃになっている。 「それにしても、ひっでえ面だな。とりあえず手当てしようぜ。部屋入れよ、歩けるか?」 「はい、なんとか……」  ヨシオに肩を貸し、部屋に招じ入れた。どこかに救急箱があったはずだが、散らかり過ぎていて、一見しただけではわからない。  やはり部屋の掃除はした方がいいな、とアンナは思った。
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