第1話 アンナとヨシオ

4/6
前へ
/42ページ
次へ
     4  雀の鳴き声で、目が覚めた。 (なんか、いい匂いがする布団だな……。このままもう少し寝てようかな……)  再び眠りに落ちかけたが、ハッとなってヨシオは飛び起きた。痛みで全身が(きし)み、思わず(うめ)き声が漏れた。 「よう、起きたか」  煙を吐きながら、アンナが言った。 「あっ、おはようございます。あの、昨夜は、どうも」  昨夜のことを思い出すと、恥ずかしさがこみ上げてくる。ヨシオは束の間、傷の痛みも忘れた。 「怪我の具合はどうだ? 骨は折れてねえみたいだけど」 「はい、なんとか。手当てしてくれて、ありがとうございます。ベッドまで使わせてもらって」 「いいって。それよかメシ食えよ。口ん中切れてて食いづらいかもしれねえけどさ」  テーブルの上には、コンビニのおにぎりやパックのゼリー、スポーツドリンクが置かれている。 「あ、ありがとうございます」 「食ったら特訓開始だ。勝負まで一週間しかないからな」 「え……勝負?」  確かに昨夜、アンナは麻雀を鍛えてくれるとは言ったが、勝負というのがよくわからない。 「昨夜のうちに、後藤のやつと話はつけといた。2対2のコンビ麻雀だ」 「ええ~っ!」 「わかったら食え。アタシはさっき、朝マック食ったから」 「は、はい……」 (とんでもないことになっちゃったな……。コンビ打ちなんて、まるで漫画だよ……)  口内の痛みに耐えなんとか食べ終えると、さっそく特訓が始まった。まずは基礎からということで、牌効率や形に関する本を、アンナが何冊か出してきた。 「この著者、福尾マサトって、結構有名ですよね」 「ああ、本人から直接貰ったんだ。高レートの場で知り合ってさ」 「こ、高レート?」 「まだ言ってなかったな。アタシは麻雀を生業とする、雀ゴロだ」 「えっ。高レートとか雀ゴロとか、漫画の中だけかと思ってました」 「ま、言うだけならいくらでも言えるか。この衣装ケース、開けてみなよ」 e176351a-e023-4914-9d33-2b359c21c34f  アンナが指した衣装ケースを開けると、中には札束が敷き詰められていた。帯封の束の上には、10枚ずつまとまったものがいくつもある。漫画で得た知識だが、これがズクというやつだろう。 「い、いくらあるんですか、これ」 「ちゃんと数えた事なんかねえよ。とりあえず、信用したか?」 「ええ。でも、防犯対策とかは……」 「こんな部屋に大金があるなんて、誰も思わないだろ」 「は、はあ」  ヨシオは興味本位で、上の段も開けてみた。まだ大金がしまってあるかもしれない。だが入っていたのは札束ではなく、下着だった。 「バカ! 誰がそっちを開けていいと言った」 「す、すみません」 「……始めるぞ」  本で学びつつ、テーブルに麻雀マットを敷き、アンナが実際に牌を使って解説してくれた。とてもわかりやすく、ヨシオは本の内容をすんなり覚えていった。本は貸してくれたので、自宅でも寝る間を惜しんで読みふけった。  3日目からは、アンナの対局を見続け、リーチや鳴きの判断、押し引きについて学んだ。『スパロー』で後藤に出会うのは怖かったが、どうやら出禁になったようだ。  大学の新入生ガイダンスが終わった5日目から、実際に打つようになった。  アンナはヨシオの後ろで見て、ミスがあれば一局終わるごとに指摘してきた。初めてトップを取れた時は嬉しかったが、それでもアンナにはミスを指摘された。逆に、負けても内容がよければ褒められた。  入学式や履修登録も済み、あっという間に1週間が経った。アンナの指導で以前より雀力はついたと思うが、コンビとしての練習はまったくしていない。 「ま、そのへんは気にしなくていいさ。アタシの麻雀見てたろ。間合いとか、呼吸とか。考えるな、感じろ、ってやつだ」  よくわからない部分もあったが、言われた通り、あれこれ考えるのはやめた。  決戦前夜、アンナが焼肉をご馳走してくれた。いままで味わったことがないほど美味で、とろけるような食感に、ヨシオは感動した。 「明日の夜も、またこうやって楽しく飲もうぜ」  グラスを掲げて、アンナが言った。 「はい」  ヨシオもグラスを掲げ、力強く(うなず)いた。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加