第1話 アンナとヨシオ

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     5  小手指の雀荘『タイガー』にフリー客はおらず、卓は立っていなかった。時計は、十五時ちょうどを指している。  矢野は、短くなったメビウス・ライトを灰皿に落とした。ジュッという音に重なり、ドアが開く音がした。一同の視線は、入口にむけられた。  二人組の男が入ってきた。茶髪のいかにもチャラそうな方が、後藤だろう。もう一人の、金髪オールバックが榎本か。185センチ、体重は100キロ以上ありそうだ。麻雀はともかく、相撲ならこいつが一番強いだろう。 「役者が揃ったようだな」  口ひげをさすりながら、早田が言った。  矢野も早田も、ふだんは新宿の『幻龍』という雀荘で打っている。今日はアンナに立会人を頼まれ、二人で小手指まで来た。 「こちらのアニキたちが立会人ね。アンナのパパ活相手じゃないよな?」 「ふっ、ある意味俺たちは、アンナに惹かれてるよ。アンナの麻雀にな」  言って、早田がセブンスターに火をつけた。矢野も心の中で(うなず)いた。確か早田は自分より9歳上、47歳のはずだ。牌に命を削ってきた大の男二人が、当時は未成年だったアンナの強さに舌を巻いた。以来、約1年の付き合いになる。  咳払いをひとつして、矢野は話し出した。 「両チーム揃ったところで、確認を行う。勝負は半荘(はんちゃん)4回、二人の合計ポイントが上のチームが勝利となる。3万点返し、順位ウマは10・30。0点はトビで、箱下清算あり。半荘2回で、場替えとする」  全員の顔を見渡し、矢野は続けた。 「勝ったチームは、負けたチームから10万円を受け取る。さらに黒崎・水嶋組が勝った場合、後藤・榎本は今後一切、相手二人への接触、関与を禁ずる。後藤・榎本組が勝った場合、黒崎は、相手二人の言いなりになる」 「ま、待ってください! 言いなりって、アンナさん。そんなのおかしいですよ!」 「ガタガタうるせえぞ! そういう取り決めなんだよ!」  ヨシオが意見したが、後藤が怒声をあげた。ヨシオは下をむいている。 「スリルあるだろ。なあに、勝ちゃあいいのさ」  笑いながら、アンナが言った。 「ハハハ、まったくすげえよな。いまや都内の雀ゴロ連中からも注目されてる、黒崎アンナが勝負するってえから来てみりゃよ、金はおまけみてえなもんで、意地をかけた闘牌ってわけだ。ま、とくと拝見させてもらうぜ」 「まあまあ、ハヤさん」  言いながらも、矢野も同じことを思っていた。当然自信はあるだろうが、アンナだけ賭けるものが大きい。そこまでして白黒つけたい、意地をかけた勝負なのだろう。それを見届けに来た。 「アンナが雀ゴロだって? 確かに強いけどよ」  (いぶか)しげに、後藤が言った。どうやらアンナは素性を話していないようだ。それだけ、アンナにとって後藤の存在は軽い、ということでもある。 「なんだ、知らねえのか。日頃から高レートで打ってる俺たちが惚れた打ち手だぜ、こいつは。こないだも何百万勝ったって――」 「声がでけえって、ハヤさん。矢野っち、進めてくれよ」 「マジかよ、雀ゴロとか、何百万とか……」 「ビビってんじゃねえぞ、榎本。アンナはともかく、相方はド素人なんだからよ」  アンナの相方であるヨシオは、うつむいている。アンナが、ヨシオの肩を叩いた。その後、細かいルールの確認を行い、場決めとなった。 「では、場所と親を決めるか。(つか)み取りでいいな」  矢野は、対局者の四人に、伏せた東南西北(トンナンシャーペー)の牌を取らせた。仮東となった者がサイコロボタンを押し、親が決まった。  起家の後藤、ヨシオ、アンナ、榎本という並びで、1戦目が始まった。ドラは(チュン)。矢野は後藤とヨシオの手牌が見える位置、早田はアンナと榎本の手牌が見える位置に立っている。  親の後藤は第一ツモで4つめのトイツができ、はやくもチートイツのリャンシャンテンだ。dc38d097-8e4c-49b5-9754-9914cb173f3c     後藤は四筒(スーピン)を切った。チートイへ決めたようだ。    南家のヨシオはメンツ手だ。91b4f72a-edb5-4d50-b6c3-c3a8484cbb19  ヨシオが選んだのは西だが、切る際に、牌を落とした。慌てて置き直したが、手がふるえている。緊張しているようだ。 (手つきからして素人以下……。コンビ打ち以前の問題だな)  早田の方を見た。渋い表情を浮かべている。早田も、同じことを思っているようだ。  7巡目、後藤がテンパイした。1f2e12a7-f1ce-4f43-a0a2-0da9d1a44019  北切りのダマだが、榎本に『通し』が入った。早田もアンナも、当然気づいている。素人が考えそうなサインだ。  榎本が中を切り、後藤はツモってきた牌を見ながら軽く舌打ちして、わざとらしくツモ切りリーチを打った。同巡、ヨシオもテンパイした。1a4964a9-3ded-405d-9193-9fc832478c06  高目となる伍萬(ウーマン)はリーチの現物だ。予想するまでもなく、ヨシオは黙って中を切った。 「ロン!」  後藤が手を開けた。一萬(イーマン)が裏ドラとなり、リーチ一発チートイ表々裏々の親倍、24000点のアガリだ。放銃したヨシオは呆然とし、後藤と榎本はしてやったりといった笑みを浮かべている。 「初歩的な手にやられたな。気にすんなヨシオ、まだ点棒はある」 「はい……」  アンナがフォローしたが、ヨシオからは戦意が感じられない。背中も丸まり、縮こまっている。  一本場、ドラは四索(スーソー)。再び通しが入った。榎本が後藤の切った七筒(チーピン)をポン、切った七萬(チーマン)を後藤がチーした。後藤は三六筒(サブローピン)待ちのタンヤオドラ1テンパイ。榎本もテンパイ気配だ。  残り1000点しかないヨシオは、九筒(キューピン)を切った。ロンの声はかからない。アンナが、榎本の顔を見ながら、八索(パーソー)を切る。  ニヤリと笑って、榎本が山に手をのばした。 「ツモ。1000・2000の一本場」a1a8ec14-50ac-482d-8f9d-9ef7c71297f3  五面待ちのタンヤオ赤ドラ。アンナの八索を見逃してのツモアガリでヨシオが箱を割り、1戦目は後藤・榎本組の勝利となった。  続く2戦目も後藤がトップ、2位はアンナ、3位が榎本で、ヨシオは連続ラスとなった。  2戦目を終えての合計点は、黒崎・水嶋組が-119、後藤・榎本組が+119だ。 「さて、2戦終わったところで場替えだが……」 「待ってくれ矢野っち、その前に作戦会議だ。ヨシオ、表出ろ」 「は、はい」  答えたヨシオの顔からは、戦意どころか生気すら失われている。連れだって、二人は外へ出て行った。 「へっ。なにが作戦会議だよ。いまさら無駄だっての。ねっ、先輩方もそう思いませんか?」  ドヤ顔で煙を吐き、後藤が言った。  矢野から見れば、この二人も素人だが、コンビとしてはこちらの方が上だ。アンナの実力は申し分ないが、相棒のヨシオが頼りなさすぎる。 (作戦会議とやらがどう出るか……)  窓の外を見つめ、矢野はメビウス・ライトに火をつけた。
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