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「このネックレス、あの絵で桃恵さんがつけていたもの?」
「うん。百合が『マンハッタンの少女』を取り戻してくれたから、そのお礼にこれをあげようと思って」
達也は何でもないような表情で言ったが、百合は首を横に振った。
「そんな、こんな高価なもの、さすがにもらうことできない」
「ううん、百合にもらってほしいんだ。母さんの形見だけど、僕はネックレスつけないし、百合につけてもらえるとうれしい」
達也が何度も言うと、百合はネックレスの入っている箱を受け取った。
「ありがとう。大切にする」
「もしよかったら、今つけてみて」
「あっ、うん」
百合は少し頬を赤くしながら、箱の中のネックレスと取ろうとした。それよりも早く達也がネックレスを手に取り、百合の後ろに回るとその首元にネックレスをかける。
ネックレスをつけ終え、達也が百合の両肩に手をかけて自分の方を向かせる。
百合はさっきよりも顔を赤くしていた。
ネックレスは百合の赤くなった首元で、ますますキラキラとした輝きを放っている。まるで、元々百合のために作られたネックレスだったかのように似合っていた。
「ネックレス、すごく似合っている」
「ありがとう」
百合が小さな声で言うのを聞きながら、達也は自分が百合の両肩に手をかけたままなのに気づいた。
このまま手を離そうか、とも思った。しかし、そうするには今の百合はあまりにも可愛らし過ぎる。
もしかすると、ずっと逡巡してきたことを実行するのは今なのかもしれない。
達也は手を離さず百合を自分の方へ近づけると、そのまま彼女を抱きしめた。突然のことに驚いたのか、百合が耳元で「あっ」と小さな声を上げたのが聞こえる。
達也の腕の中にとらわれた百合は、少し震えているような気がした。しかし、達也を嫌がることはなく、ただ抱きしめられた状態でいる。
「百合、好きだ。ずっと前から好きだった」
達也が百合の耳元でささやくと、百合の身体が熱くなるのを感じた。達也はその熱を受け取るかのように、さらに強く百合を抱きしめた。
「達也、あの……」
「百合はその、僕のことをどう思っているの?」
その時、百合のジャケットのポケットが二人の邪魔をするように震えた。達也が思わず百合から身体を離すと、百合はポケットからスマホを取り出す。
「達也、ごめんなさい、パパが着いたみたいだから、行かなくちゃ。この返事は、また今度……」
「あっ、うん」
百合はまるで真っ赤になった顔を隠すようにうつむいたまま、スーツケースを掴む。そして、「いろいろとありがとう」と震える声で言うと、そのまま達也の部屋を出て行ってしまった。
達也は百合が出ていくのを呆然と眺めていたが、しばらくして我に返るとその場に座り込んでしまった。
まだ身体に百合を抱きしめた時の感触が残っている。
もう少しで百合の返事が聞けたのに、と達也はため息を吐いた。別に栄一は達也が百合に告白しているなんて知らないだろうが、何かしらの虫の知らせを感じたとしか思えない。
あんなにタイミングよく連絡をしてくるなんて。
(――百合「この返事は、また今度」と言っていたよな?)
次、百合に会えるのはいつだろうか?
百合は確か明日、ラウンジ「リリア」でピアノを弾く。明日、演奏が終わった後に「リリア」の楽屋へ行って、百合に告白の返事を聞いてみよう。
達也は立ち上がると、小さく頷いた。
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