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カタカタカタ…
キーボードをたたく音がフロアに響く。本来なら誰もいないはずのオフィスに男が二人座って難しい顔で画面とにらめっこをしている。
他の人たちはもう帰ってしまっており、残るは隣同士に座る男たちだけになった。遠くからはこの時期にはおなじみの音楽がキーボードをたたく音に混じってかすかに聞こえてきた。
カタカタカタ…
ジングルベル♪ジングル…
カタカタカタ…
カタカ…
「やってられっかぁぁ!!」
突然右の男が大声を上げた。その左隣に座っている男が少しビクッとした。
「どうしたんすか?栗田先輩」
「おい、須田。今日が何日かわかるか?」
「はぁ。クリスマスイブですね」
「違う!!」
「はぁ?」
「今日は12月24日だ!ただの12月24日だ!断じてそんなクソみたいな名前の日ではない!!」
栗田は大きな声で後輩である須田に熱く語る。もうこのフロアには二人しかいないので遠慮なく大きな声が出せる。
現在、9時45分。一応フロアの電気はつけている。うちの会社は午前0時までは電気が通っている。これで電気が通っていなくてパソコンの明かりだけで作業することになったらみじめすぎる。
「はぁ、そうっすか。とりあえずこのプログラムの修正だけでも今日中に終わらせませんか?バグ結構ありますよ」
「……そうだな」
須田に言われ、おとなしく座る。明日までにこのプログラムをチェックしてバグを取り除かなければならない。
カタカタカタ…
また静かなフロアにキーボードの音が響く。
そしてそのまま5分くらい経ったろうか。また栗田が口を開いた。
「なぁ、増田のやつ、今日帰んの早くなかったか?」
「そういえばそうっすね」
増田とは栗田の同期である。彼は妙にご機嫌で「お疲れっした~」と言って颯爽と帰って行った。
「そういえばあの人最近彼女できたらしいですね。喫煙室で自慢してるのが聞こえました」
「へー…」
「今日すごいご機嫌だったし、今頃彼女とデートでもしてるんじゃないっすか?」
「そうか…」
カタカタカタ…
「…あいつ村八分にしようぜ…」
「中学生じゃないんですからやめましょうよ、そんなみっともないこと」
今まで画面を見ながら会話を続けていた須田がようやく栗田の方を見た。あきれ顔で。
「なんでだよ!いいじゃねぇか、幸福税だ!それくらいの不幸は認めてしかるべきだろ…みんな死んじまえばいいんだ…」
同じように画面を見ながら会話を続けてきた栗田も須田の方を見る。
「あんたの頭も相当バグってますね…どうやったら直りますかね?」
「女紹介してくれ…。俺の事大好きな女だ……」
「そのバグ取りは難しそうっすね。俺には無理っすわ」
そう言って須田はまた画面とのにらめっこに戻った。
「なんだよ、みんな、クリスマス、クリスマス浮かれやがってよぉ!そんなにキリストの誕生日がめでたいかよ…。日本人なら仏でも祀ってろってんだ!正月もアメリカ風に迎えろってんだ、クソが!」
「言いすぎでしょ…。大体キリストってアメリカの人でしたっけ?」
「知るか」
「はぁ…。っていうかあんた去年クリスマス彼女と過ごしてめちゃくちゃご機嫌だったじゃないっすか。もう忘れたんですか?」
「あいつの話はすんなぁ!!大体あの時クリスマスだったんだぞ!!浮かれるに決まってんだろ!!」
「手のひらドリルかよ。ここまでの会話何だったんだよ。あー、このプログラムも先輩の頭もバグ取り除けるのはいつになるか…終わりが見えねっす」
そう言って須田が大きく伸びをする。肘がパキパキと気持ちよい音をたてる。
確かにこんなくだらない事言ってないでとっとと終わらせるべきだな。栗田はそう思いなおし、作成したプログラムに集中するのだった。
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