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Q2. だれ?
ピーーンポーーン
インターフォンまで辿り着いたところで二回目のチャイムが鳴った。
急いで降りたからだろうか、
一瞬、頭がクラっとしたもののこれ以上相手を待たせるわけにはいかない。
もしドアの向こうにいるのが菜月ならば尚更だった。
一息吐いてから、「はい、榎本です」と告げる。
『……』
こちらの声が聞こえているのかいないのか、相手からの応答はない。
(どうやら菜月じゃなさそうだけど…)
例え怒っていたりむくれていたとしても、菜月は黙り込むタイプではない。
(本当に誰?またこっちから声かけるべき?)
それともドア窓を覗きに行こうか、とまた思いを巡らせた時、インターホンから流れてきたのは完全に予想外の相手の声だった。
『井ノ瀬だけど。今ちょっといい?』
「えっ?い、井ノ瀬君?」
(なんで井ノ瀬君がうちに!?)
インターフォンの向こうの相手、
井ノ瀬透(いのせとおる)は高校のクラスメイトだ。
そして、斜め向かいに住む幼馴染みでもある。
母親同士の仲が良かったこともあり、小学生の頃までは「とおるくん」
「みのりちゃん」と呼び合い、よく一緒に遊ぶ仲だった。
しかしお互いに中学校に進んでからはそれもなくなり、たまに顔を合わせても特に会話もしなくなってしまった。
…いや、実梨の方からすると、できなくなってしまった、の方が正しい。
そんな彼が、自分に何の用だろうか。
「大丈夫。ちょっと待ってて」
少し声が震えてしまったけれど、急いでそう返して私は玄関へと向かった。
あの頃よりだいぶ低くなった、落ち着いた優しい声。
…今は遠くから耳にするばかりの声。
それが久しぶりに、自分に向けられたことが嬉しかった。
いつからかなんて昔のことすぎて分からないけど、私はずっと彼に片想いをしているのだった。
* * * * *
ドアを開けると、自分より頭二つ分は背の高い井ノ瀬君と目が合った。
「…あ、あの、待たせちゃってごめんね」
謝りつつ、目を合わせているのが恥ずかしくて、どうしても視線を下へと逸らしてしまう。
それでも下を向いたままなのは失礼だろうと、心の中で気合いを入れてまた顔を上げた。
バレー部で活躍している井ノ瀬君は、最近また少し背が伸びたみたいだ。
「いや、こっちこそいきなりごめん」
陽光の中では淡い栗色になる短髪を片手で搔き上げ、頭を押さえながら
井ノ瀬くんもなんとなく居心地が悪そうに私から視線を逸らした。
(…ほんと、小学校の頃によく遊んでいたなんて嘘みたい)
井ノ瀬君は小学校高学年からバレー部に所属していたけれど、その頃は気ままなクラブ活動として参加していたように思う。だから私とも遊ぶ機会があったんだろうけれど。
将来有望株の選手として注目されたのが中学生の頃からで、成長期もあって身長も体格もどんどん大きくなっていった。
…そうやって、ズレていく目線と一緒にどんどんと距離が開いて、遠い存在になっていってしまった。
推薦で入った高校でも成績が良く、
少し寡黙だけど穏やかな彼は男女問わず人気がある。
誰かが彼に告白した、という噂が流れてくることも少なくない。
「ううん。…それで、どうしたの?」
高校でも同じクラスになったというのに、こうして向き合って話すのは随分と久しぶりだった。
内心、顔を井ノ瀬君の方へ向けているだけで心臓が口から出るかと思うくらいにドキドキしているけれど気付かれていないと思いたい。
井ノ瀬君は脇に抱えたカバンを軽く探り、手にした物を確認してからこちらに差し出して来た
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