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Q3.なぜ彼がここに?
「これ、七森から渡されたから届けに来た」
そこにあったのは英語の教科書だった。
「あっ、ごめんね!本当にありがとう」
いくら待っていても来ないことに困った菜月が私のクラスに顔を出し、そこにいた井ノ瀬くんに私に渡すように頼んだのだ、と、瞬時に納得した。
(そうだよね…それ以外に井ノ瀬君が私の家に来るような用事なんてあるはずないし)
ちなみに、菜月は私の井ノ瀬君に対する気持ちを知っている。
なので敢えて井ノ瀬君に頼んだであろう菜月に対する、感謝だったり羞恥だったり嬉しさだったり罪悪感だったりでぐるぐるとしながらも、努めて笑顔で私は差し出された教科書を受け取った。
「…あはは。よりによって今日忘れるなんてね。ほんとに、ありがとうね」
こんな機会はもうないかもしれない。
もっと顔を見たい。
色々話したい。
と思いつつ、いっぱいいっぱいになってしまった私は固まった笑顔のまま、会釈してそのまま家の中に戻ろうと身を翻した。
「待って、忘れてた」
ドアを押しかけた瞬間、後ろからそう言ってまたカバンを探る井ノ瀬君の気配がして振り返った。
「はい。…多分だけど、あんまり体調良くないでしょ?」
井ノ瀬くんの指に引っ掛けられていたのは小さなビニール袋だった。
隙間から栄養剤の文字が並んだ瓶が
二本と、紙の箱に書いてある総合風邪薬の文字が見える。
「じゃあ、お大事に」
その袋を私に渡した後、こちらの反応を待つことなく背を向けて井ノ瀬くんは帰って行った。
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