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私は玄関でしばらく呆然としていたのだと思う。
けれど菜月に何も連絡していなかったことを思い出し、二階の自室へと戻るため階段を上がった。
(さっきのって…さっきのって白昼夢じゃないんだよね…)
袋が擦れてカチャカチャと軽く音を立てる瓶と、脇に抱えられた英語の教科書がそれを証明していると分かっていても、なんだかまだ落ち着かない。
(菜月ったら、薬まで…気を利かせて
井ノ瀬くんに持たせてくれたんだろうな…)
昼休みに咳をした時に、「あれ、風邪ひいた?」と、飴をくれた親友を思い出し、それなのに約束を忘れて帰ってしまったことが本当に申し訳ない。
そう思いながら自室に入り、ドアの前で急いでチャットアプリを開いた。
"ごめん いま 井ノ瀬くんからもらった"
それだけを一気に入力し、続けて泣きながら土下座しているスタンプを送り、
"おごります"と親指立ててウィンクしているスタンプと土下座のスタンプをまた同時期に送信する。
すぐに既読がついたと思った瞬間、
菜月から"大丈夫だ問題ない"のおどけたバージョンのスタンプが返ってきた。
その後すぐに"話を聞こうじゃないか"の、ワクテカしたスタンプも来る。
私は菜月に電話をかけた。
そして繋がったことを確認して開口一番、頭を下げた。
「菜月ほんとにほんとにごめん!
あと色々ありがと!!」
『いやいや私が借りたんだしー
ねえねえーそれよりもー』
ひたすら申し訳なくて声が大きくなる私に負けず、いやそれ以上の、ニヤニヤが止まらないという高いテンションで菜月が喋り出す。
『ぜんっぜん気付かなかったんだけどーいつから井ノ瀬君と付き合ってたの?私にも隠してるなんてさー』
付き合ってる。
付き合ってる。
一瞬、言われたことの意味が分からずに反応できないでいる私をそのままに、菜月は話続けた。
『教室で他の子とダベりながら待ってたらさー、井ノ瀬君がこっちのクラス来て「榎本が体調悪くて帰ったから代わりに取りに来た」とか言うじゃん?みんなびっくりよ。
あ、他の子に色々聞かれたけど、私もなんも聞いてないって言っといたからねー』
笑い隠すのに必死だったからそれどころじゃなかったしー、と、あっけからんと笑う菜月とは反対に、私の頭の中は一気に「?」でいっぱいになった。
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