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『忘れ物』考
それが『忘れ物』なのか『落とし物』なのかはその環境を知るまではどちらとも言いきれない。
真弓は寝坊してしまった。今週は2度目だ。朝ごはんもそこそこに、下駄箱の上の鍵をひっつかみ、昨日服に合わせておいたスニーカーを履こうとしたら靴紐が片方ほどけていた。「あーんもう遅刻するって!」ドスンと上がりかまちに腰掛け、尻の横に鍵を置き、急いで紐を結んで掛け時計を見上げると、走ればひとつ前のバスに間に合いそうな時間だ。「お母さんいってきまーす」
バタバタと真弓が出かけた後、15分後に出勤する母親が玄関に向かうと、上がりかまちに真弓の鍵がある。「あら、また鍵忘れて行って!」
この場合、鍵は『忘れ物』だ。
真弓は寝坊してしまった。今週は2度目だ。朝ごはんもそこそこに、下駄箱の上の鍵をひっつかみ、昨日服に合わせておいたスニーカーを履こうとしたら靴紐が片方ほどけていた。「あーんもう遅刻するって!」ドスンと上がりかまちに腰掛け、靴紐を結ぼうとしたが、鍵を握ったままでは上手く行かず、靴の横に鍵を置き、急いで紐を結んで掛け時計を見上げると、走ればひとつ前のバスに間に合いそうな時間だ。「お母さんいってきまーす」
バタバタと真弓が出かけた後、15分後に出勤する母親が玄関に向かうと、土間に真弓の鍵がある。「あら、また鍵落として行って!」
この場合は『落とし物』だ。
学校に間に合った真弓は、手に握っていたはずの鍵の事はすっかり忘れて、仲良しグループとのおしゃべりに花を咲かせ、明日のカラオケで新曲を披露しようかどうしようかなどと考えながら帰宅した。ところが鍵がない。「えー!どこで落とした?」
ここで鍵は『落とし物』扱いになっている。
明日のカラオケで新曲を披露しようかどうしようかなどと考えながら帰宅した。ところが鍵がない。「あ、靴の紐結んだ時だ!」
鍵を手から離した事を思い出したので、この場合、鍵は『忘れ物』に昇格する。
このように『忘れ物』なのか『落とし物』なのかは、ひとつの事象に対して、その置かれた場所や持ち主の記憶の度合いで変化する。どちらも感心できるものではないが、『忘れ物』より『落とし物』の方がうっかり度が高いと感じたので"昇格する"となった。
真弓のご先祖のご先祖のずーっとご先祖が暮らす古事記や万葉集の時代にも、うっかり者がいたはずで、
「こら、また大事な文を落としおる」「いや、落としてはおらぬ。置きおるのじゃ」「忘れておったろうが」「なんの、ならば『置き忘れ』じゃ」
と、苦し紛れに動詞と動詞を繋げて複合動詞を作ってしまった最初の人物がいたのかもしれない。
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