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それは特別な一日の出来事だった。
隕石が太平洋に落下して大きな津波が起きた。
インドネシアの多くの島が大惨事に見舞われた。
日本にもあと数時間でその津波がやってくるという。
慌てて海外に逃げ出す要人も多くいるようだった。
テレビもラジオも混乱していた。
責任感を持ってニュースを伝えているテレビ局もあれば、
アナウンサーが多く逃げ出してしまい、番組そのものが成り立たないテレビ局もあった。
国際線でアメリカに逃げる
これは一つの選択肢であったが、実際には国際線は全て欠航となっていた。
日本人は皆、日本から出られない。
メディアがこぞって高台へ逃げるように促すから、空港を出て急ぎ山に向かう。
高台なんかではダメだ、山だ。
電車の中は意外と空いていた。あと1時間後には、日本は全土が津波に飲み込まれるのだ、誰もが地上最後の日を悲観し呪っていた。
「お父さん、明日の幼稚園のお遊戯会でね?」
隣に座った園児と父親の親子が会話している。
「どうしたの?」
「僕は忍者の役をやるんだ。」
「そう。手裏剣とか飛ばすの?」
「手裏剣って何?」
「手裏剣知らない?」
そこだけは平穏な暮らしの一ページだった。
電車が大きな駅に停まると、そこで急に大きなリュックや装備を担いだ人たちの集団が乗り込んでくる。
おそらく目的地は同じ場所だろう。
山の中に逃げ込んで、テントでも張って自炊でもするつもりだろう。
しかし、そこで電車の車内でアナウンス。
「ただいま、南太平洋沖の隕石落下に伴う津波警報によって、JR各社私鉄各社全ての路線の運行停止が、政府より言い渡されました。つきましては、ただいま皆様にご乗車いただいているこの電車も、当駅で停止となります。後続の電車も参りますので、速やかに電車をお降りください。この電車は回送電車として、倉庫に向かいます。」
乗客の大きなため息やざわめき。特に先ほど乗ってきたばかりの、大きな装備を抱えた人たちの落胆の色はとても強い。
ざわざわと電車を降りて皆が駅を後にする。
最後の晩餐はどうしたものか?
ふと込み上げる感情。
どうせ死んでしまうのであれば、最後に何か美味しいものでも食べようではないか。
駅前を少し散策し、小さな焼き鳥屋を見つけて中に入る。
店内は閑散としていた。
夏場なので、お店の主人が、うちわでバタバタと首元を仰ぐ。
「いらっしゃい。」
店の主人が水の入ったコップをカウンター越しにおく。
「たく商売上がったりだよ。」
ぼやきのようなセリフが宙を舞う。
「鳥モモと、砂肝。」
「どっちも一本ずつ?」
「あ、はい。」
「塩?タレ?」
「じゃぁ、塩にします。」
「他は?飲み物何になさいます?」
「あーじゃぁビールで。」
「はい。」
店の主人がテレビのチャンネルを色々と変えるのだが、どこのチャンネルも同じような映像が流れ、まさに今迫り来る津波への緊張感がひしひしと伝わってくる。
「ご主人・・逃げないんですか?」
「俺?逃げないよ。こんな津波なんかでここが沈むことがあれば、どこいったって一緒。俺は生まれも育ちもここだ。だから、潔くここで死のうってものよ。」
「そうですか。」
「あんたここの人?」
「いえ。ちょっと遠くから。」
「何、珍しいよ。地元の人間じゃない客。」
「あ、そうですか。」
「津波どうなるんだろうねー」
「あと、15分くらいでこのあたりも飲み込まれるはずです。」
「たく・・死んだカミさんと会えるから。俺は死んだっていいよ。」
店の主人はそう言い残すと焼き場に移動して、たった2本の串を焼いてくれた。
「あいよ。」
皿に2本の串。
迷わず頬張る。
これが最後の晩餐か。
しばらくしてテレビが突然映らなくなる。
そして遠くから近づく、何やらただ事ではない轟音。
次の瞬間。津波に飲み込まれた。
串に刺さった鶏肉の味を確かめながら。
(終わり)
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