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始めてからどれくらい時間が経っただろう。二時間と言われても十分と言われても納得できてしまいそうだった。
私は何度か空振りをしたけれど、結局兵隊さんは一度のミスもなく、ずっと私が打ちやすい球を返し続けてくれた。今だって疲れ切った私の横で木製の足を器用に動かして軽やかにステップを踏んでいる。本当に彼は何者、いや何物なのだろう。
「ねえ莉子ちゃん、次はなにする?」
「もう動くのはむり。……なんだか甘いものが食べたくなってきた」
昔友だちの家で出してもらった、ロールケーキ。卵の黄色が綺麗な生地に今どき珍しいバタークリームを巻きこんだやつ。どこで売ってるのか聞きそびれてそれっきり忘れていたはずなのに。急に頭の中にあの味がよみがえってきた。
私のつぶやきに兵隊さんが笑ったように見えた。実際は口を動かすことしかできないので気のせいだけれど。
次の瞬間、服はいつのも部屋着に戻り自分の部屋に立っていた。部屋の中心にあるローテーブルにはあのロールケーキと、湯気の立つ使い慣れた桜色のマグカップが置いてある。不思議な現象にすっかり慣れた私はその場に座り、素直にいただくことにした。
フォークを沈める感覚が重い。口に入れると素朴な甘さが広がる。心がおもむくままにフォークを動かした。
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