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食べ終わってからマグカップを手に取る。優しい紅茶の香りがした。ひとくちすすると兵隊さんが私の方をじっと見ているのに気がついた。
「兵隊さんはテニスはできるのにケーキは食べられないんだね?」
「そうだね。僕はくるみ割り人形だから」
声のはりが少し弱くなったような気がしたから、適当に話題をそらす。
「ふうん。……ねえ、あなたはいつからうちにいるの? 私が物心ついた頃にはもうとっくにいたでしょう」
「はじめからだよ」
あたたかい声だった。今まではなにかのキャラクターを演じているような、明るいけれど淡々としたしゃべり方をしていたのに。
「ドイツのクリスマスマーケットで売られてた僕を君のお父さんとお母さんが買ってくれたんだ。それはそれは大切にしてくれてね、すごく嬉しかったよ。
そのあとすぐにふたりは結婚して、この家にやって来た。そのとき君のお母さんは言ったんだ。この兵隊さんはきっとこの家を守ってくれるはず、ってね」
「そっか。けなげだね」
「だからね。僕は君が赤ちゃんだったころから知っているんだよ」
微妙に話が噛み合ってないなと思った。
「君は優しいから、早く大人になってしまったんだね」
どくんと心臓が脈を打つ。いったいなんの話をしているのだろう。戸惑う私は兵隊さんは置き去りにしたまま言葉を続ける。
「英人くんやお父さんお母さんが少しでも楽できるように、いろんなことを少しずつ我慢してきたんだよね。
そうしてるうちに願いごとがぽろぽろこぼれ落ちて、そのまま忘れてきてしまったんだね。君はもっと心に素直でいていいんだよ。君の願いは、君にしかわからないんだから」
青い塗料で描かれた瞳が全てを見透かしたようにのぞきこんでくる。心がささくれ立つのを感じた。
「それは、バカにしてる? いい子にしてたことがムダだって言いたいの?」
「ちがうよ。君がそうやって大切にしてきた人たちには、きっと君の気持ちが伝わってるから。少しくらいワガママ言っても大丈夫だと、僕は思うよ」
ひねくれた返事を兵隊さんは真っ直ぐに否定する。
「そういう、もの?」
「きっとね」
なにがきっとだ。無責任にもほどがある。でも不思議と信じてみたいと思えた。
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