分岐点

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階段を駆け上がり3-Aの扉を開け放つ。今とは違う軽い机と椅子がぎっしり並ぶ教室、床に落ちているチョークの粉、彫刻刀で失敗して削り跡がある前から3番目の窓側の席。記憶のままの教室が目の前にあった。  現実には起こりえないと頭のどこかでわかっていたが九野は夕暮れの光に染まっている傷付いた机の板を撫ぜた。そして、ゆっくりと机の中に手を滑らせた。かさりと小さな音と紙の感触。  「あった」  ゆっくりと引き出し、4つに折られた紙を開いた。  「……っ」  B5サイズの画用紙に満面の笑顔の2人がハイタッチしている絵が生き生きと描かれている。九野と絵が上手かった友人の佐藤。そして、その下に『高校が離れてもずっと友達だ!』の一文。じわりと視界が歪んだ。  「俺の最高傑作、お前の机に入れといたから」  そんな少し照れたような、得意気な顔が脳裏に蘇る。九野が戻った時、机の中身は教師達によって片付けられた後だった。あの日見れずに永久に失われたメッセージを今見ている。  ヴーヴーと制服のポケットが振動してハッとする。震える手で通話ボタンを押して耳に当てる携帯電話。懐かしい声が弾けた。  『よぅ、見たか? 最高傑作』  「あ、ああ……見たよ」  『あっれー? まさか泣いてる? 感動しちゃった?』  「悪いか?」  『え、えぇ~、そんなに?』  「決まり切ったこと書きやがって、お前、車に気を付けろよな」  『えぇ?』  「お前、周り見ずに突進する馬鹿だし、止めれる俺はこっちだし」  『心配性だなー。OK、誓う。車に気を付けまーす。じゃ、そろそろ旅立ちの時間だから切るぞ。またなー』  切れた携帯電話を握り締めてくのは涙を零した。あの日、この電話で忘れたことに気付いた。そして回収できなかった気まずさから連絡できない内に佐藤は交通事故で命を落とした。自分のことなんて忘れて過ごしていたはずだと思い込ませるように悲しみに蓋をした九野の後悔は消えてなどいなかったのだ。  九野は泣きながら絵を丁寧に畳んで胸ポケットに入れた。放課後のチャイムが鳴り響く。
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