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「えぇ、先生!? いつからいたんですか。つか、いつ追い越したんですか。えぇ、泣いている!?」
騒がしい声に顔を上げれば追いかけていたはずの男子生徒が教室の入り口で目を白黒させて慌てていた。やたら重たい机と椅子が並ぶ、黒板の前にプロジェクターの幕が張られた教室。九野は深いため息をついて涙を拭い、ぶっきらぼうに生徒を見た。
「何を忘れたんだ」
「え、あの、その……手紙、です。女の子からの……」
九野の眼力に耐え切れなくなったように生徒はうなだれて白状した。九野は生徒の横をすり抜けるように教室を出た。
「さっさと取ってこい」
「いいんですか?」
「ふん。何か聞かれたら願書でも忘れたと言ってやる」
「勘弁してください!」
悲鳴をあげる声に小さく笑いながら九野は職員室に足を向けた。途中胸ポケットに違和感を感じて指を伸ばして目を見開く。4つ折りの古びた画用紙がそこにあった。
頭の中にもうひとつの記憶が凄い速さで構築されていった。
さっき経験したばかりのやり取り。ギリギリで交通事故を免れた佐藤。明日会う約束。……未来が変わった。
一体何が起きたのかわからないが、絵がある以上この記憶が優先だろう。それを裏付けるようにスマホには佐藤の連絡先が入っている。
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