2人が本棚に入れています
本棚に追加
百夜の終わり
こうして始めた百夜参りだったが、時が経つのは早く、ついに百日目の夜が来た。
寒い寒いと言いながらかろうじて外に出られる格好をして、上にダウンジャケットを羽織る。手袋と帽子も忘れずに着けてたら準備万端だ。そして、冷たいドアノブを捻り外へと一歩踏み出した。
時間は午前二時十七分。最初は九重に叩き起こされて走って神社まで向かうなんてこともあったが、百回目ともなればもう一人で二時に起きてまだ暗い風景を楽しみながら散歩をする余裕もできていた。
灯りの消えた住宅街を、大きな満月が照らす。そういえば、今朝のニュースで今夜はスーパームーンだと言っていた。眩しい月明かりを放つそれは太陽と見紛うほどで、真っ黒な夜空さえ爽やかな青空ではないかと錯覚してしまう。
今夜は、何か起こるかもしれない。
そんな期待を胸に、少し早歩きで神社へと続く路地を行く。
路地の先にある鳥居も、神社も明るく照らされていた。
今まで九十九回続けていたように、鳥居の前で会釈をしてまず手水舎に向かう。右手で柄杓を持って水を汲み、左手に汲んだうちの三割ほどをかける。次に柄杓を左手に持ち替えて、右手に先ほどと同じ量の水をかける。その後再び右手に柄杓を持ち替え、一割ほど柄杓に残して左手に水を注いで、それで口をすすぐ。最後に柄杓を立て、柄に水を伝わせて、自分が持っていた柄の部分まで水を流し、柄杓を元通りに置く。
昔から、神社では礼儀を大切にしなさいと口うるさく言われていたため、こういう一つ一つのやり方が身体に染みついていた。
そして整えられた参道を進み、拝殿に辿り着く。
そして、鈴を鳴らす。神様に聞こえるように。通常ならばこの後礼二拍手一礼をして願いを念じるのだが、百夜参りにはそれが必要とされていない。その代わり、毎回鈴を鳴らしている間に悩みごとを念じる。
忘れていることを、思い出せますように。
左右前後に揺れる鈴を見つめながら、念じ続ける。
俺が忘れている何か。
それは、一体何なのだろう。
ある程度鳴らし続けるも、一向に何も変化は訪れない。
やはり、所詮は噂だったか。鈴を鳴らす手を止め、脱力したように肩を落とす。しかし良いウォーキングの機会だった。おかげで気になっていたメタボも改善され、酒も飲まなくなって医者から褒められた。これからは何を理由にウォーキングしようか。
そんなことを考えながら、来た道を戻ろうと振り返ったその時。
ガララ。
自分の背後から発せられた音に、反射的に振り向く。
先ほどの音、それは拝殿の戸が開く音だった。
拝殿の中から、人影が現れる。
少しずつ、月明かりで顕になるその姿。
腰まである長い黒髪、痩せた身に纏う白い着物、病的なほど青白い肌、そして、切れ長の目に穏やかな微笑み。
美しい。
誰もがそんな感想を抱くだろう。
しかし、俺は違った。
俺は、彼女を知っている。
最初のコメントを投稿しよう!