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忘れたもの
俺と彼女――雪村小町の出会いは、大学だった。
一年の時、楽しそうだと思った講義をとりあえず取ったら、たまたま彼女と多くの講義が被っていて、必然的に彼女と仲良くなった。
趣味が合い、話が合う。
一緒にいることが楽しくて、気づけば彼女を目で追っていた。
しかしこんな美貌を持つ女性は、きっと誰からも愛されるのだろう。気さくで誰とでも仲良くなれるし、芯があるが常に冷静で最善を選ぶ強かさがある。自分より仲が良い人だってきっといるだろう。
だから、告白なんてしたところで無理だろうと諦めていた。
しかし、大学二年の冬、彼女と遊びに出かけた時。
彼女を駅まで送り届けると、彼女は去り際に穏やかな笑みを浮かべながら俺に振り返った。
「私、好きな人には告白されたい方なんだ。だから、待ってるね」
俺は一瞬呆然とするも、そのまま改札を通ろうとする彼女にそんな時間は与えられていないことに気づき、慌てて追いかけて抱きしめた。
「好きです! 俺じゃ釣り合わないだろうけど、付き合ってください!」
彼女は俺の腕の中でくるりと振り向いて、俺の首に腕を回してくれた。
「待ちくたびれたよ。……こちらこそ、よろしくお願いします」
そして彼女との付き合いは続き、たまに喧嘩をしながらもお互いに唯一無二のパートナーであることを認め、二年前、俺はプロポーズをした。粋なことなんて柄じゃないと思っている俺が百八本の薔薇の花束を持ち帰ったら、彼女は「よくできました」と泣きながら受け取ってくれて、思わず俺も泣いてしまった。あんなに強かな彼女が俺だけに見せてくれた涙は、頬を飾る真珠のようにとても美しかった。
しかし、翌日仕事帰りに婚姻届を持ち帰ると、家を照らすのは暖かな光ではなく、おぞましい業火だった。
既に消防車も到着していて消化活動を行なっていたが、俺たちのマイホームである一軒家の全域に火が燃え広がり、焼き尽くしていた。
「小町、こまち……!」
必死に名前を叫び、轟々と燃える家に駆け寄る俺を消防隊員が阻む。それでも何とか近づこうと手を伸ばした時、伸ばした手が持っていた婚姻届がふわりと風に飛ばされ、家に届く前に燃えて灰となった。
消化活動は、それからおよそ二時間ほどかかった。完全に鎮火した後、消防隊員が一人の焼死体を発見し、採取されたDNAからそれが雪村小町で間違いないと判断された。その焼死体の近くには、炭化した薔薇がいくつかあったらしい。
俺は彼女の無惨な姿を目にした時に倒れ、次に目を覚ますと彼女に関する全てを忘れてしまった。
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