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 見知らぬ白いスニーカーが、玄関の三和土(たたき)の右端で端然と座している。我が家では誰も履くことのないサイズ、男性用だと一目で分かった。 「ただいま……お客様?」  好奇心に駆られてリビングを覗いたが、そこに客人の姿はない。代わりに、スゥ……と線香が匂った。興味の対象は、隣の和室にいるらしい。 「恵、荷物を置いたら、降りてらっしゃい」 「え?」 「着替えなくていいから。いいわね」  こちらを振り返ったママの瞳が赤い。悲しさと優しさの入り混じった春先のスミレみたいな表情に、思わずコクリと頷いた。  2階の自分の部屋に鞄だけ放って、とんぼ返りでリビングに戻る。ドアを開けると、淹れたての紅茶の香りが溢れてきた。先ほどはなかった、肩幅の広い後ろ姿がソファーにあった。 「恵、こっちにいらっしゃい」  客人の向かい側のソファーで、ママが隣を示す。戸惑いながらテーブルを回ると、焦げ茶色のブレザーを着た青年が立ち上がった。 「はじめまして、恵さん。僕は、須郷寛翔(すごうひろと)といいます」 「えっ、あ、は、はじめまして……橘田(きった)恵、です」  相手につられて頭を下げる。 「2人とも、座って?」  次の反応に困り出す絶妙なタイミングで、ママが水入りにしてくれた。  青年は、2つ隣のN県から来たと言う。ここから電車を乗り継いで4時間ほどかかる北の町だ。 「14年前のクリスマス、僕はあなたのお父さんに命を救われました」  その瞬間、全てが腑に落ちた。綺麗に形を整えられた長い眉の下で、くっきりとした二重の眼差しが私を捕らえる。我知らず固く握り締めていた右手を、温かな手が包み込む。ママの指先も震えていた。
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