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「僕は、N県の親戚に引き取られたんです。長い間、父は事故で亡くなったと聞かされていて……詳しいことは伏せられていました。に助けられたと知ったのは、3年前です」  ポツポツと言葉を選んで話したあと、須郷さんはママの淹れたオレンジ・ペコを一口飲んだ。カップの中で、湯気が微かに揺れた。 「よくウチの人だって分かりましたね」 「進学で、こっちの大学を受けたんです。そしたら、あの時のことを知っている人に会って……命の恩人の名前がようやく分かりました」 「そうでしたか。あの年は、30年に1度とかいう爆弾低気圧が直撃してね……酷いクリスマス寒波だったんです。私は入院していたけれど、避難所が開設されたから、主人はそっちに缶詰めで」  14年前のクリスマス。写真でしか知らないパパは、男の子を助けて――亡くなった。避難所になった小学校の正門まで、あと200mのところで力尽きたそうだ。パパの赤いダウンコートの中に包まれていた男の子は、凍傷を負ったけれども命に別条はなかった。 「僕は命を救われたけれど、結果として、橘田さんのご家族を奪ってしまいました」  須郷さんは、俯いた。膝の上で握られた掌が震えている。 「あの人、こうと決めたら曲げない頑固な所があって……でも、今は誇りだわ」  隣の和室の仏壇に向かって、ママは困ったように穏やかに笑う。  救急隊員から避難者が向かっていると連絡を受けたパパは、自衛隊の救助班が到着するのを待てなかった。すぐ近くまで来ているのなら、と周りの制止を振り切って、シャベル片手に飛び出したそうだ。無謀だったと非難の声も上がったが、結果として人命を救ったことで相殺された。救助班を待っていたら、父子共々凍死していたことは間違いなかった。 「僕は、人を救う仕事に就きたいと思っています。それが、橘田さんや僕を支えてくれた人達への恩返しになると思うんです」 「立派な考えですけど……責任を負わなくてもいいんですよ」 「ずっと……僕が生き残った意味を考えてきました。きっと、これが天職なんだと思います」  須郷さんは、清々しい微笑みを残して帰って行った。
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