山駆け

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山駆け

「ふっ、はっ、ムリ、死ぬって!」 俺は今、先日桃李と一緒に来た白路山へ来ていた。息も絶え絶えの叶斗と一緒に。おっと、悲鳴こそあげてないけど、さっきから荒い息使いで沈黙している高井も一緒だ。 「さすがに二度目だから、前回より身体が動く気がする!」 俺がそう言って振り返ると、最後尾を追って来た桃李が息も乱さずにニヤリと笑って親指を立てた。流石に素人二人を山駆けさせるのは一人じゃムリだと踏んで、桃李に後方を見てもらっている。 二人のアルファとしての身体能力を見込んで、山伏にとってはそこそこ軽いコースを来たのだけど、慣れてない二人にはキツかった様だ。 俺は桃李に合図して、近くの沢まで降りられる場所で休憩することにした。 「…ここでちょっと休憩しようか。そこ降りていくと沢の水が飲めるから。大丈夫か?」 振り返って見ると、叶斗も高井も座り込んで肩で息をしていた。俺は叶斗の足元に近づいて片足の靴と靴下を脱がせると、足の状態をチェックした。少し踵と指が赤らんでいる。 手で優しく揉むと、叶斗が呻いたので顔を見上げると何とも言えない表情で俺を見ていた。そして突然俺に手を伸ばして抱き寄せた。 「はぁ、やっぱり岳の匂いだったか。岳って前から良い匂いだったけど、今はもっとそそる匂いする…。疲れも取れそう。」 俺は心臓がドクリと飛び跳ねて、叶斗から飛び退った。 「叶斗っ!そう言うことするなよ!」 すると口を尖らせて、ブツブツと文句を言うんだ。 「匂いくらいいいじゃん。高井にはチューしたくせに。」 隣で高井の足の状態をチェックしていた桃李がピクリと肩を動かして、俺をチラッと見てきた。俺は居た堪れなくて慌てて言った。 「事故だって!もう、この話終わり!ここ降りれば水飲めるから。飲みたい人着いてきて。」 俺はきっと気もそぞろだったに違いない。慣れた場所のはずだったのに、数歩進んだ俺の足は宙を切って、まるで走り幅跳びの様に足と手を動かして斜面を滑り落ちて行ったんだ。 その時、目の前に迫る倒木を避けようと身構えた俺は、身体を何かにしたたかに打って湿った地面に投げ出された。頭上で3人の俺を呼ぶ叫び声が聞こえて来たけれど、ぼんやりと反響してはっきり聞こえなかった。 焦った様な桃李の声を感じながら俺は目を開けて置けずに、そのまま意識を失ってしまった。
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