Merry Christmas

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不特定多数の人と淫らに交われば、心にも身体にも良くない。 『もっと自分を大切にしなさい』 その人は微笑んでそう言った。 恋人にならなくてもいいなんて、そんな関係、その人には何の得にもならないのに。 それでも優しくオレを包み込んでくれて、オレはようやく苦しくなくなった。 それからオレは、このセフレ以上恋人未満の関係を続けてきた。 『いつか本当に好きな人が現れるといいね』 初めにオレに安らぎをくれたその人は、最後にそう言って他の人と結婚した。 もちろん円満な別れだ。 あれから何人かと付き合っては別れてきた。 でも、オレの前には『本当に好きな人』は現れなかった。 まだ心に住みついているあいつ。 お前はいつになったらオレの心から消えるんだ? ここまで来たら呪いのようだな。 夢の中で、オレはあいつの後ろ姿を見ている。 オレが見た、あいつの最後の姿。 卒業式の後、みんなで騒いで別れた夕焼けの中、オレはあいつの姿が見えなくなるまでその背中を見ていた。 これが最後だと分かっていたから。 もしあの時、あいつがオレを振り返っていたらオレはあいつに駆け寄って思いを告げていたかもしれない。 どうせここから離れるのだ。 告白して嫌われても、もう顔を合わせることなんてないのだから。 でもあいつは振り返らなかった。 だからオレたちは、そこで終わった。 目が覚めると、外は馬鹿みたいに晴れていた。 東京のクリスマスに雪はないな。 そう思いながら身支度を整え、最後の荷造りをする。 引越しをするにはいい天気でよかった。 結婚式にもいい日でよかったな。 今頃式場で準備をしているであろう昨日までの相手に、心の中でおめでとうを言い、オレは引越し業者を待った。 実は今回、引越しとともに仕事も変えた。 いつもは引越しだけなんだけど、就職して10年。なんとなく心機一転したくなったのだ。 だからちょっと、東京から離れることにした。離れると言ってもお隣の県だけど、オレにとっては初めての場所だ。 無事に引越しを終え、上下両隣の家に引越しの挨拶をしに行く。 左の部屋だけ留守だったけど、他は在宅していた。 みんないい人そうで良かった。 単身向けの物件だから、歳はさまざまだけどみんな独身の人ばかりだ。 近所付き合いなんて今はあんまりしないけど、いい人に越したことはない。 いい人達で良かったという安心感で、引越しそうそう気分が上がる。 昨日までの寂しさが嘘のように鼻歌交じりで荷物を片付け、気がつくと夜だった。 隣は帰ってきたかな? 思えば今日はクリスマス当日。 出かけていてもおかしくはなく、逆にほかの住人がいることの方が珍しいのかも。 みんな今はフリーなのかな? 別に同じマンション内で次の相手を探すつもりは無いけれど、クリスマスに一人で家にいることになんだか親近感を覚える。 さてさて、隣はおデートでまだ居ないか、それとも全く関係ない用事で昼間留守にしていただけなのか。 そんなことを思いながら隣のインターフォンを押す。すると中から何やら盛大な音が聞こえたと思ったら、いきなりドアが開いた。 当然インターフォン越しの会話のあと開くものだと思っていたドアがいきなり開き、オレも驚く。けれどそこに現れた顔を見て、オレは手に持っていた引越しの挨拶の品を取り落とした。 驚きの顔でオレを見つめる隣の住人は、地元に残してきたあいつだった。 お互い何も言わずに見つめ合う。 何を言っていいのか分からないからだ。 驚きすぎて、何も言えないどころか身体も動かない。でもオレは、すぐに落とした品を拾い、それを相手の胸に押し当てた。そしてそのままそこから逃げるように隣の自分の部屋のドアを開ける。 けれどそれはそのまま閉まり、オレは腕を掴まれて隣の部屋の中へと引き摺り込まれた。 昨夜久しぶりに思い出したと思ったら、まさか会ってしまうとは・・・。 しかもどう見ても隣の住人だ。 オレを玄関に引きずり込んだと言うのに、そいつは何も言わずに立ったままだ。なのに掴んだ手は離してくれない。
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