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FriYAY ① 乙幡
「もし、悠さんが嫌ではなければ、そのまま今、手を握っている人に寄りかかって昼寝をしてください。当社のソファは寝心地もいいですから。よく眠れると思います…ってね、言ってくれてさ〜。ジュエのソファとエドをかけたソファジョークまで言ってくれて。長谷川さん大人だよね〜」
悠はアシスタントの松坂リアムに長谷川の話をしている。もちろん、仕事中である。
初めて乙幡の家に来た時、長谷川が悠に伝えた言葉を言っているようだ。あの時、悠は長谷川の言葉に支えられたようで、今も忘れずにいるらしい。
「へぇー、やっぱり長谷川さんってカッコいいですよね。そんなセリフもスラスラ言えるなんて大人だなぁ。でも、まぁ何やってもカッコいいんですよ長谷川さんは。あ、悠さんここ、これでOKですか?」
リアムは手がけているデザインの配置チェックを悠に確認してもらっている。
日本でデザイン事務所に勤務していただけあり、リアムの仕事は手早く無駄がないと、悠はよく言っていた。
素直な性格なので、悠とは良い関係で仕事を進めているらしい。
「でもさ、あのコスプレの緑の騎士がリアム君だったなんて驚きだよ!偶然にしてもすごくない?あの時、すごい人気だったんでしょ?見たかったな」
ゲーム会社の企画でキャラクターのコスプレを長谷川とリアムが手伝っていた。長谷川の『黒騎士』は今でもかなり写真がネット上に出回っていると聞く。
「長谷川さんの写真は今も大人気ですよ。みんなSNSでも探したりしてますから。あのイベントでも、色々助けてくれたんです。僕がよくわからなくてウロウロしてたら長谷川さんが抱きかかえて中央まで連れて行ってくれて…長谷川さんが動くとみんなすごい声援だったんですよ」
この話になるとリアムはいつも止まらなくなる。どれほど長谷川がカッコよかったか、どれだけ人気だったかと何度も繰り返して話をする。
悠は、何度と聞かされた話でもうんざりすることもなく、うんうんと笑顔で聞いている。何となく楽しそうだ。
「ねぇ、ねぇ、リアム君。あの時の長谷川さんとの写真持ってる?」
「あっ、ありますよ。黒騎士と緑の騎士のやつですよね?二人で撮った写真は…へへ、待ち受けにしてるんです。長谷川さんには内緒ですよ、ほら」
「えーっ、リアム君かわいい!この写真撮った人凄く上手だよね。僕さ、どうしても上手く写真が撮れなくて、エドの写真なんて全部ブレて写ってるんだ。そういえば…長谷川さんの隠し撮りとかないの?」
「ええっ…無いですよ。写真撮る時なんてないし、隠し撮りしたら怒られちゃう。だからあの時の写真を今も待ち受けにしてるんです。えっ?悠さん乙幡さんの隠し撮りとかあるんですか?」
「…うーん、あるんだけど。やっぱり全部ブレてて。慌てちゃうからさ、すっごいブレてんの。待ち受けは今コレ…」
「えっ?これ何ですか?乙幡さん?ですか?横向いてるところ?」
「えーっ…寝顔だよ。わかんない?やっぱり。この写真、マシな方なんだけどな。最近、髪が長くなってきたんだけど、それも好きなんだよね」
二人でキャッキャとしているが、確実に仕事中なはずである。会話をしながら手を動かしているらしい。デザインの仕事は静かに黙々とするものだと勝手に思っていた。
「…なっ?入りづらいだろ?どうする?」
小声で乙幡が言い、部屋から遠ざかる。
仕事が終わり長谷川を連れて乙幡は家に帰ってきたが、自宅の一室を悠は事務所にしているので、悠とリアムの話し声が部屋の外、ダイニングまで漏れてきていた。
悠もリアムも、まさか乙幡と長谷川が今帰ってきているとは知らないだろう。
今日は週末であり、仕事が早く終わったのでさっさと家に帰ってきた。そしたら噂をされており、部屋に入るに入れない状況となった。
一旦、音を立てず家をそっと出て、乙幡と長谷川は近くのダイナーに行くことにした。
「黒騎士よ…どうする?」
「その呼び方やめてくれませんか?」
だいぶ立ち聞きしてしまった。
最初は、サプライズ!と言い部屋に入っていこうとしたが、二人がテンション高く話をしていたので、部屋に入りづらくなり、聞き耳を立ててしまった。
大の男が二人で部屋からの声に耳を澄ましている姿は間抜けだっただろう。
「いやぁ…なんか俺、愛されてる?って感じ?寝顔撮られてるんだな、俺!」
ニヤニヤとしながらコーヒーを飲むのも美味いと感じる。悠は離れていても乙幡のことを考えていてくれるんだなと嬉しくなる。目の前にいる長谷川には相変わらず、冷ややかな目で見られている。
「本当…乙幡さん変わりませんよね。図太いっていうか。持ち前の図々しさですよね。それと悠さんの写真の下手さも変わらないですね。リアムが悠さんの待ち受け見ても、何だかわかんないようなこと言ってましたよね?さっき」
「いいんだよ!悠は下手でもかわいいから。それより、お前も待ち受けにされてんじゃん、リアムに。な、な、俺の待ち受けも見る?俺はね〜悠のね〜」
「いや、結構ですよ。どうせ悠さんとのツーショットでしょ?しかもベッド後のやつとか。センスがオヤジなんですよ乙幡さんは」
「お前、相変わらず、すげぇな。なんでわかった?つうかさ、お前褒められてたじゃん。何、あのソファジョークってそんなのあったっけ?悠もよく覚えてるよな」
長谷川に無視をされる。あまり揶揄うと後で仕事できっちり仕返しされるから、気をつけないといけない。
コーヒーを一杯飲み終わったら帰ってみることにした。あんな感じに楽しそうに話をしてくれているのであれば、乙幡も幸せだ。
しばらくして長谷川が、そろそろかと言うので家に向かう。悠の仕事も区切りがついていればいいなと思っていた。
今度は、帰ってきたぞ感を出すために、長谷川と乙幡の二人は大きめの音を立ててドアを開けたり、足音を立てたりしてアピールした。
「おかえりなさい」
悠が無事出迎えてくれてホッとする。乙幡は悠に抱きつきたいのを我慢していた。
「リアム、帰るぞ」
「あっ、はい。今行きます」
長谷川の声に続いてリアムが答え、バタバタと片付けをしている。
「なあ、まだリアムの家ダメなのか?」
乙幡が聞くとリアムが申し訳なさそうにしている。一カ月ほど前、リアムのアパートが水浸しになり住めなくなってしまった。
長谷川の部屋がいくつも空いていたので、そこに住ませてやれと、乙幡が指示をした。悠のアシスタントが困っているから当然だろう。
「上の階の人が修理してくれないからまだ水浸しなんです。だから絢士さんにはお世話になっていて…」
「「絢士??」」
乙幡と悠が声を揃えてリアムに聞き返す。
隣で長谷川が「おい!」とリアムを叱っていた。
「えっ?えっ?絢士って誰?まさか、長谷川のこと?アレアレ?お前、絢士って名前だっけ?うんうん。ファーストネームね」
乙幡が大きな声で確認をすると、チッと長谷川は舌打ちをした。そんなに嫌な顔しなくてもいいだろと言いかけたが、これは何となく面白いと乙幡の顔に出ていたから舌打ちをしたのだろうとわかる。乙幡のニヤニヤは更に止まらなくなる。
「ほら!エド、そう揶揄うのはやめて!長谷川さんだって下の名前はあるはずなんだからきっと、ね!」
「いやいや、悠。きっとって…長谷川にもあるんだよ下の名前。いやー絢士くん。ではまた来週だな、うん。リアム、またな」
乙幡が笑いながら手を振るのを、長谷川は無視し続けている。
「あ、ごめんなさい。また間違えました。長谷川さんです」
リアムが口を押さえて謝っている。長谷川に向き、「ごめんなさい絢士さん」と小さな声で言っているのが聞こえる。乙幡はもう笑いが止まらない。
「リアム、もういいよ。さ、行こう」
長谷川は車にリアムを乗せて、さっさと連れて帰って行った。
「あー面白かった、アイツら仲良いよな。騎士同士だからかな」
「ほら、エドがそうやって茶化すから…。今日、早かったですね帰ってくるの」
「うん、早く悠に会いたくてさ」
やっと悠を抱き上げてキスが出来る。後で怒られてもいいからと、抱き上げたままベッドルームまで悠を連れて行く。
週末の夜が始まる。
end
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